Line Drive

Line Drive(CPJ Compositions for Guitar)

Creating CPJ type music based on the concept of Junky Funk, in a way, must have been phenomenal, however was a far cry from all that  Akihiko ‘JOKER’ Matsui was meant to express. And was not long before his pursuit of music through Line Drive, which is referred to as CPJ written for guitars was launched!

 Line Driveとは、松井秋彦のCPJ の楽曲の中でも、ギターによって書かれ、ギターの特性を生かしたコンセプトです。


 

☆Line Drive (CPJ written for guitar)


11.LD001.Jubilance (Praha, Czech) video
12.LD002.Flamboyance (Budapest, Hungary) video
13.LD003.Clairvoyance (Visegrád, Hungary) video1 video
14.LD004.Framboise (Königstein, Germany) video1 video2
15.LD005.Reflections (Grundlsee, Austria) video
16.LD006.Fondant Fountain (Karlovy Vary, Czech) video
17.LD007.Jazz Skippin’(四万十, Japan)video1
18.LD008.Asteroid Belt (Lezzeno, Italy) video
19.LD009.Line Drive (Key West, FL. U.S.A.) video
20.LD010.Chess on the Deck (Находка, Russia)video


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Line Driveのコンセプトを全面に押し出したバンド名としてのLine Driveは、CPJ界で2番目に結成されました。もうひとつの鉄壁のリズム隊(岡田治郎(b)=嶋村一徳(ds)ライン)が、サウンドに余裕と変化を齎し、フュージョン界若手の先鋭岸川恭子(voice)パワーによって、秩序の限界を行く楽曲が活性化。そしてそこに、柔和で繊細なリリシズムの際立つバラードの名手でもあるピアニスト小笠原寿子のFjord Sound効果がブレンドされ、それ以外のCPJ 的アプローチに絶妙なコントラストと深みを醸し出して唯一無二のサウンドをもたらしました。スリル、スピードの限界を、敢えてジャズよりのサウンドで実現して行きました。2005年、完成しずらいこのバンドのサウンドも、1st album 「Line Drive(CPJ Mujik /CPJ-2001)をリリース!


Line Drive / Line Drive

ギターの為に書かれたCPJ楽曲の真骨頂 ! CPJ独立レーベル第1弾!

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Line Drive / Line Drive CPJ-2001(CPJレーベル)¥2,500(tax included)

1.14.LD004.Framboise(フランボワ)
2.19.LD009.Line Drive(ラインドライヴ)

3.12.LD002.Flamboyance(極彩色)

4.Jaywalkin’(信号無視)

5.42.FD002.Emerald Valley(エメラルドの渓谷)

6.Synchronicity(シンクロニシティー)

7.Flippin’ Needle(レコード針は飛び)

8.13.LD003.Clairvoyance(千里眼)

9.97.DV007.Drowsiness(けだるさ)

10.11.LD001.Jubilance(嬉しさのあまり)

All Compositions by Akihiko ‘JOKER’ Matsui (松井秋彦)

Akihiko ‘JOKER’ Matsui(松井秋彦) Guitar
Kyoko Kishikawa(岸川恭子)Voice
Hisako Ogasawara(小笠原寿子)Piano, Keyboards
Jiro Okada(岡田治郎)  Bass
Ittoku Shimamura(嶋村一徳)Drums

http://www.amazon.co.jp/LINE-DRIVE/dp/B000BWAH1Y

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Line Drive 楽曲の曲想紹介


 
 
11. LD001. Jubilance            
                               Praha, Czech
 
極寒の旧市街はお伽の国のような異彩を放ち、
街中でありながらここまでも自分が寛いだ気持ちになれる土地は今だかつてなかったと、
このプラハの旧市街には、
歴史の奥深さと上品さとが相まった魔力を感じ取った。
白が基調になった街の外観に、
夢心地にさせてくれるようなデザイン。
 
そしてある時、それとは真逆の価値観にこの同じ街の中で出会うことになる。
それは、フランクゲーリーのデザインによるDancing Houseだ!
コンテンポラリーを通り越したようなその歪みまくった外観は、
プラハの旧市街の歴史の奥深さと対照的で、
街全体に、「中世と近未来の融合」という、卓越した幅広さを齎しているではないか!
 
そういえば、最初に訪れた時にカレル橋を歩いていると、
多くの画家たちが橋の上で自分の作品を展示販売していた。
彼らの写実的な絵画はもちろん主にカレル橋の描写を含むプラハの街のものだったが、
ほとんどの画家は、
ちょっと見えにくい角度で、裏には抽象画を携えていた。
それらはより難解で、誰もが好むには程遠いものであったが、
彼らはそれでもそれらの抽象画を描いて、
そして控えめにでも展示しているということは、
明らかに彼らは本当はそれらの抽象画を方を描きたいのではないかと思った。
具象と抽象という概念には当てはまらないものの、
自分のやっている音楽も同じように、
本当にやりたい難解な細密描写的音楽は一般的にはほぼ反応は得られず、
やりがいのない商業的な音楽は歓迎されることとイメージが重なる
そして、この街全体の外観においては、
「中世と近未来」という対称性もあるという、
複雑な思いが交錯する日となった。
 
12.LD002. Flamboyance     
                                Budapest, Hungary
なぜかレキャヴィックなんていう名前のレストランがあり、
全体的に共産圏から解放されてほどないブダペストの街は暗く、
今だにあちらこちらに厳しい緊張感を持った面持ちの兵隊が目を光らせていた中では、
なんともアメリカナイズされた雰囲気を持っていた。
その中では英語も難なく通じて、
『このレストランはなぜハンガリーにありながら、アイスランドのレイキャヴィックの名前がついてるんですか?』
などと尋ねると、
「マスターが行ったことがあったか何かだったと思います。」
と若い男は答えた。
つい数年前まで閉ざされていたこの土地からでも、
自由に旅をしていた人も中にはいたことが伺い知れたのはよいが、
この街全体の重たい雰囲気とはなにかかけ離れていて、
少し興醒めする感覚に陥り、
そこを後にした。
夜景ということで言えば、
これだけ美しい夜景を見た覚えはない。
ただただ寒空の下、ブダペストの中心へと歩きついて、
中世の空気がそのまま残る古城の中へと迷い込み、
その中にあるバーでビールを頼んで、
ビールを煽りながら更に古城の中から街を見渡すと、
共産圏時代を飛び越えて、
まさしく中世のブダペストの栄華を、
肌で感じられる瞬間だった。
これこそが本当の東欧の輝きだ。
何世紀もの間に熟成してきた深みが齎す重厚な美しさが、
ビールの芳香とともに、
肌を切り裂くような寒さを、
オセロのピースが一辺にまとまって反転した時のように
ヴェールに包んだ夜だった。
 
 
13.LD003. Clairvoyance       
                                  Visegrad, Hungary
 
ブダペストについてからというもの、
このハンガリーには笑顔と言う概念はないのか、
と思わせるぐらいに、
一度も笑顔をみないままに、一日が過ぎ、
試しにちょっと違う町へとバスで向かうことにした。
ドナウ川沿いを少し西に向かったところにある小さな町、
ヴィシェグラッドだ。
 
かなり古めかしいバスに乗り込むと、
あとで乗ってきた若めの女の子たちの一人が、
乗車する時に何か運転手とのやりとりで笑っているのを見た。
これが数日間ハンガリーにいて初めて見た笑顔であり、
笑い声であった。
 
さて、バスは雪道をひたすら西へひた走り、
狂ったように蛇行しているドナウを、
白銀の厚みを次第に蓄えながらヴィシェグラッドを捕らえてきた。
そこは自然に囲まれた更に雪深い小さな村と言ってもよい空間が拡がっていた。
古城の跡が雪に埋もれながらも大それた主張をしていて、
村は鎮まり帰っていた。
 
雪の中、その村に一軒だけあるという様相のスーパーマーケットで買い物をすると、
非常に気のよい地元のおじさんが、
恐らく人生の中で滅多に見ていない筈の東洋人の自分に、
愛想よく挨拶してくれたのが印象的だった。
 
その村の中で唯一営業していた、
Renaissance Restaurantという名前のレストランに入ると、
ひとけのないその村の中でのことだから当然ながら、
他にはひとりたりともお客さんはおらず、
その中で、注文した料理は、
3種類のオカズが、
これでもか、というような天文学的な量で、
人間は同じものをそれだけ食べられるものなのか?
と不思議な気持ちになる中で、
紙でできた王冠もどきを被るように言われ、
そこでは素直に被ってはみたが、
そこには、
数年前まで共産圏の圧政の中に在った山村には、
あまりにも似つかわしくないシュールな空気があったが、
静かで暗い雪の村に、
未来に向かうポジティブな兆しを祝う前向きなムードとしてとらえるなら、
それは、なんともいじらしい、愛すべき精神なのではないかと、
ある意味、世の中の全ての概念が、そうであるように、
どちらサイドから、どうやってものを見ようかとするだけ、
ある意味、ものを見るアングルを変えるだけで、
同じものもいかようにも捉えられるように思えてきた冬だった。
14.LD004. Framboise         Königstein, Germany
とんでもない山道を爆走する先導車のスピードはもはや狂気の沙汰で、
事故を起こさないで着いてゆくのがやっとであった。
切り返しも多いし、道は非常に狭い中で、
急坂を登ったり降りたりの連続で、
ほとんどジェットコースターを自分で運転しているような感覚がかなり長く続いた。
すると、それは不意に現れた。
目指そうとしていた、洪水の先にあったエルベ川沿いのホテルだ。
ここ、Königsteinを訪れるのは2度目だが、
Berlinでの演奏の帰りに立ち寄ったときの印象が、
まさにお伽話の世界で、
また訪れたいと思って、
今度は宿まで取っていたのだ。
 
先導してくれたのは、たまたま、エルベ川のたった700m下流で、
あとホテルまでわずかなのに、エルベ川が増水決壊して行手を阻んでいたところ、
仕事を終えて帰宅する準備をしている警備会社のスタッフらしき男たちに、
どうにかこの洪水を避けて700m上流へたどり着く方法はないかと尋ねたら、
親切にも、何キロもの道のりを山々を迂回して辿りつく困難なルートを先導してくれたのである。
非常に親切なことであったが、彼らも相当に急いでいたらしく、
猛然と限界まで飛ばして誘導してくれたのだった。
 
無事にそのホテルに辿りついて数日の間にも、
また、前回初めてこのKönigsteinを訪れた時にも、
世界に名だたる奇岩群であるBastei を訪れ、
この世のものとは思えないような、
奇跡的な奇岩が山の中に乱立するその光景は、
何かしらの超越した存在の力と意志を想定しないで理解するのが難しいような美しさを秘めているのだ。
そして、2回とも奇岩群の入り口にあるお気に入りの絶景のあるPanorama Restaurantで
エルベ川沿いにある、1斤の食パンのような形状の奇岩を眺めて時を過ごした。
 
Königsteinの鉄道の駅の近くには、最初の旅で訪れたお気に入り中のお気に入りのカフェがあった。
Kaffeehaus Zimmermannという、素朴な中にある優雅さと個性が溢れるカフェで、
店内の席には、あらゆるコーヒーカップ自体のエブジェとして創りこまれたライトが各テーブルにあり、
種類は、かなりの数のコーヒーカップと、コーヒカップの破片などがランダムに繋げられたシャンデリア風、
もう一種類は、コーヒー用のゴージャスなケトル型のライト、という、
まさに喫茶店でありながら美術館の様相を呈していた。
そんなお洒落な空間でありながら、
近所の子供が普通にパンを買いにきたり、
このKönigsteinの里山での生活に密着して機能してきた空間になっている。
そして、共産圏統治下のベールの中にも、こんなに優雅な独自性を以って脈々とこの地域の人々の文化が引き継がれていたことに驚嘆したものだった。
 
今回の旅でも、もちろんそのKaffeehaus Zimmermannを探すのだが、、、、、
まず、Königsteinの駅の近くに最初に着いた時点で、洪水で行ける場所がかなり限られているところから始まったのだ。
川沿いに駅からたったの700m程上流にあるホテルから、
線路沿いを駅の辺りまで歩くことはできた。洪水は駅の周りの低い土地に集中していて、
やや下流にあったはずの奇跡のカフェ、Kaffeehaus Zimmermannの姿が見えるポイントまでは行けない。
その後、この村の名前にもなっている、高く聳えるKönigstein城を訪れ、
エルベ川を見渡せるポイントから、駅の近くの様子を眺めてみると、
明らかにKaffeehaus Zimmermannの辺りは水没していて、
どうやらKaffeehaus Zimmermannの建物は、2階のあたりまで浸水しているようだった。
せっかく遠路はるばるこの土地を訪れ、奇跡のカフェに立ち寄りたいという願望は叶わなかったが、
Basteiの奇岩とエルベ川の眺望、Königstein城の美しさと眺望、そして奇跡のカフェKaffeehaus Zimmermannという
なんとも減り張りの効いた里山であるKönigsteinは、エルベの宝石と言ってもいいんじゃないか?
15.LD005. Reflections        Grundlsee, Austria
日本の五色沼周辺や弟子屈や、十二湖や十三湖、
イギリスの湖水地方や、
イタリアのロンバルディア州の湖沼群など、
美しい湖沼はなぜだか集中する傾向にある。
ここ、オーストリアのSalzkammergutもかなりの湖沼群を誇る。
Wolfgangsee, Mondsee, Attersee, Traunseeを中心に、
更に山あいに入り込み、Halstattersee、Gosausee、
そして、それらから更に逸れてゆくと、
孤高の美学でひっそりと佇むGrundlseeがある!
 
ある時、このたどりつきにくい湖であるGrundlseeを拠点に歩いた
しかも、かなり増水したGrundlseeから、
トレッキングしてたどり着く神秘の秘境湖、Toplitzseeへ向かって、
Grundlseeに映り込む木々が齎す鏡映の絶景を欲しいままにしながら向かった!
その鏡映は湖畔にあるあらゆるものを綺麗に映し出す。
あるポイントでは、湖畔の木々のシルエットと、それに並んで映える教会の尖塔を、
そしてあるポイントでは、黄緑に映える芝生とその合間にある常緑樹の深緑のアクセントのコントラストを!
今までにあらゆる湖にて魅せられてきたが、
これだけ綺麗に映りこんでいる絶景を見ることはなかなかなかったのではないかと、
このGrundlseeで鏡映美学の究極の美学に対峙した瞬間だった!
 
Grundlseeの東の湖尻からは、珠玉の湖畔ウォークから一時的に離れることになるが、
トレッキングルートは更に東へ続き、
左側には急峻な山々の岩壁を見上げながら、
自然に抱かれたゴージャスなルートをひたすら進むと、ほどなく、
山奥の秘湖、Toplitzseeが鎮座していた。
湖畔にはこんな秘境には相応しくないほどしっかりした山小屋風のカフェがあり、
そのテラスは湖に突き出したようなロケーションになっている。
そこからは、先ほどのGrundlseeのような鏡映は見られない。
深緑の湖面が覆い尽くす中、
湖没樹木、いや、湖没草原が荒々しく湖面を賑わしていて、
鏡映美学とはまた趣を異にする複雑怪奇な湖上の様相を呈していた
 
帰りにもまたGrundlsee湖畔を通ることになる。
相変わらず、ほとんど映り込みのなかったToplitzseeとは対照的に、
この世の神羅万象を全て映し出すかのような、
鏡映美学の極限、Grundlseeのマジックがそこに佇んでいた!
16.LD006. Fondant Fountain   Karlovy Vary, Czech
ドイツから国境を越えて
ひたすら飛ばしてきた車のハンドルには、
見慣れない文字と、
見慣れないデザインのチョコレートが引っ掛けてあり、
何もないところで一休み。
しばしチョコレートでも食べて寛ぐことにした。
目指すはチェコの温泉地、
Karlovy Varyだ!
 
Karlovy Varyの街にたどり着く前に、
Karlovy Varyの宿に着いた。
チェコ語はあまりにも難解な為、英語で話せるスタッフを探すが、それはなかなか困難な中、
それでもどうにかコミューニケーションをとると、
そこは安宿であるにも関わらず、
ワインレッドを基調としたゴージャスに見える空間を演出していて
部屋からも木々が見渡せてなんとも落ち着く場所であった。
 
Karlovy Varyの街に出ると、そこは、日本の温泉地より、ややモダンな雰囲気であり、
温泉地の雰囲気と、
温泉施設の展示されているボヘミアングラスのオブジェと、
東欧を想わせる雰囲気のあるカフェを堪能したが、
温泉自体は、温度が低く、水着で入るようなもので、オーストリアのBad Ischlの温泉を想わせたので、
そのまま街を歩いた。
あらゆる看板などの文字を見ては、
謎めくチェコ語特有の文字の雰囲気を堪能しながら。
すると、ある一角に、
本格的なチョコレートショップがあり、
かなりオリジナリティーのあるチョコレートが陳列されていた。
その入り口近くにあったのが、
世界のあらゆるところで見かけた、
とろりと溶けたチョコの噴水だ。
溶けたチョコをフォンダンチョコラと言うことから、この時これに、
Fondant Fountain
という名前をつけてみた!
このチョコレートショップを含め、
何か特別に異彩を放つものがあるわけでもなく、
だからと言って寂れているわけでもない、
このKarlovy Varyのどっちつかずの心地よさを楽しみながら歩いた。
 
 
 
17.LD007. Jazz Skippin’     四万十, Japan
 
「水切り」というのは、ある意味誰でもできるし、
不思議な楽しさのある遊びだ。
湖畔や河原や海辺などで石を拾って、
なるべく水平に、
水面すれすれに、
なるべく勢いよくシュッと投げる。
するとうまくいけば石が水面上を何度も跳ねる。
その様子はまるで何かの生き物が水上を綺麗に跳ねながら、
水中の餌でも探しているようだ。
 
石選びも重要なポイントだ。
重過ぎず軽過ぎず、
そしてなるべく絶妙に薄べったい石がよい。
まあるい石なんてのはご法度だ。
 
うまく行くと、
十回以上も跳ねたりするので、
懸命に、何度跳ねたかを数えるようになってくるだろう。
特に十回以上は跳ねる場合は、
大体途中から跳ね方が非常に速くなるので、
数えるのも相当難しくなる。
湖畔か河原か海辺かという意味では、
水切りの一番しやすいのは湖畔だ。
流れがあればある程石は弾みにくいのだ。
だから河原であっても、流れが緩やかであれば石切の条件としては充分になる。
ただ、海辺での水切りでは、ろくな想い出がない。
波が大きいとあっという間にその高低差の中に石は吸い込まれてしまう。
 
湖沼を愛するあまり、
ありとあらゆるところにある湖沼を巡り、
それらを繋ぐ河川にも必然的に惹かれ、
そこにたまたま石ころが豊富にあると、
思わず水切りをするので、
世界中のあらゆるところで水切りをしているだろう。
 
ある時、四国の四万十川を、源流からずっと辿る旅をしていた時には、
長い河川のあらゆる河原を巡ってゆくので、
当然ながら水切りに適した河原にも遭遇した。
陽も暮れなずむ頃に広い河原に出て、
対岸までがかなりの距離があることで、
かなりの段数まで許容する、
かなり流れの停滞した場所だ。
そこでとことん存分に水切りをした。
陽が暮れるまで。。。。。
 
 
18.LD008. Asteroid Belt      Lezzeno, Italy
 
イタリアのLombardia州には、
東から、Lago di Garda、Lago di Idro、Lago di Iseo、Lago di Como、Lago di Maggiore
と、連続する縦長の美しい湖が並んでいる。
どの湖が美しいかも、甲乙つけがたいが、
それぞれの湖の中でも場所によって趣が違って、自然だけでなく、集落や町とのコンビネーションもあるので、
変化に富んでいてとてつもなく奥深い。
 
Lago di Gardaは、サロの街を擁していて、湖畔の安宿から湖畔を歩いて街に出ると個性的なレストランがあり
イタリアでもまるで日本の凝ったお店が出すパスタが時空を揺るがした。
Lago di Idroはその中では小さな人気のない湖で、見上げると古城の城砦が山の中腹のかなりの標高のあたりに残る、趣のある地域だ。
そこから峠を越えてLago di Iseoを見下ろす時には、この湖の不思議な拡がりを感じ取ることができ、瞬間的にこのLago di Iseoに魅了されてしまう!
Lago di Iseoでも湖畔に投泊すると、フロントをやっていた女性がバーでも出てきて、
レストランでは大勢いるお客さんに対してたった一人の男性が奇跡的な速さで全員にサービスしていた。
しかしここでもまた、なんともつかない独創的でみたこともない創作パスタに出会った。
ロンバルディアは革新的なのか?
そしてたどり着いたのがLago di Como!コモ湖だ!
変形で美しく、変化に富んだ湖だ。
昔、スイスの友達の家で、「ちょっと休暇にコモ湖に行ってきた」というのを会話で聞いた時には、
なぜかときめかなかった。
しかし、まずベラージョの町に出て、オープンカフェで西日と闘いながら過ごしてから、
西へ山深い湖畔を走り、
より奥深いコモ湖の湖畔を西に向かう。
幻想的な風景が続く中を走ると、
なんとも魅力的なひとつの湖畔の集落、Lezzenoが見えてきた。
これはなんとかこの秘境めいた集落にもうちょっと関わることができないか、
と思った瞬間に、なんとも個性的な湖畔の宿が見えてきた!