あれから25年か、、

関西に地震なんて起こるわけない、、なんの根拠もなく思っていた、

 

僕は京都の自宅にいた。
早朝にバイキン君(尻尾が矢印になったアレ)のゴジラサイズが現れて家を持ち上げて上下に揺らしてる!
そんなふうに感じて飛び起きた。
実際はどのくらいの時間揺れたんだろう?
バイキン君の顔と体の動きは今でもはっきりと頭でイメージできる。

 

関西がこんな揺れたら東京は壊滅してるんでは?と恐怖に思って、当時東京に住んでいた妻に「大丈夫?」とすぐ電話したら、眠そうな声で「どうしたの?」ときた。
そして電話はその何分か後全く繋がらなくなるのだが、、

 

あの頃、というか、その数週間くらい?をたまたま帰国していた。
前日、神戸の芦屋で成人式のセレモニーのゲストででタイガー大越さんのグループでの演奏だった。
初めて憧れのタイガーさんとご一緒するので結構い上がっていた自分。
成人する新成人たちを前に、タイガーさんの楽しくも勇気づけられる話に感動したのを今も覚えている。

 

当時の彼のメンバーが同窓のマット・ギャリソンたちで、僕を食事に誘ってくれて、楽しい時間を過ごして、神戸から京都まで戻ってきてその次の日の早朝だったので、、
もう聖天の碧礫、、、

 

当時母は入院していて、ちょうど早朝トイレに行った時に地震が起きたらしい(何というタイミング😅)結果無事だったのだが、その頃まだ元気だった母も、現在の僕とは5歳しか変わらないんだなと思うと、なんとも光陰矢の如しだ。

 

当時5歳の子が今は30歳のオッちゃんなわけだから、、まあたとえ5歳でもあの頃の周りの人々の何とも言えない気持ちは絶対感じとっていたはず、、

 

本当にとんでもない出来事だった、
それからしばらくしても町にはまだ撤去できてない瓦礫や建物などに地震の傷跡は残っていて神戸を訪れるたびに物凄いエモーショナルな気配というかエネルギーを感じた。
でもそれはワクワクするようなエネルギーではなく、なんか物凄いエネルギー、エモーショナルな巨大な何か、としか言いようがない、、

 

阪急に乗って三宮の駅を降りたら、そのエネルギーがブワ〜ンと物凄いパワーで自分に迫ってきた。
それは凄まじいものだった。
被災してない人達も何ともあの苦しい感じを感じ取っていて、町全体、関西一円というか、、凄い閉塞感だった。

 

あの頃も今も、良い音楽をやろうとしている自分は何も変わらないが、母はちょっとだけ、あの時と具合が違ってしまった。
生きてくれてるのはありがたいけど、、

なんとか健康で安心してもう少しノーマルな状態で生活させてあげたかったなって、今となっては思う。
まあ、こんなことやってるから、、自分も精一杯なんだけど、、

 

 

四半世紀か、、
自分には健康な四半世紀は難しいかもしれないが、、

あの震災で犠牲になられた方々(遺族の方々も含めて)を思う。

自分は、まず!これからの5年を大切にしたい。

コメントを残す