演奏の意味

最近、聴いてくれる人のことを思って演奏する機会が増えた。
何か通じ合えたような気がする、、
自分だけがそう思っている….? ただの独りよがりかもしれないけど、、

 

先日、幼少の頃からお世話になっていた叔父が急死して地方に数日行って来た。
子供はおらず50年連れ添った優しい旦那さんを突然失った叔母さまを慰めるために。

言葉で表現できることは本当にどれもうまくフィットしない中、演奏で表現できることだけが自分に与えられた特権かもしれないと思った。
お骨になった叔父さんの前で魂を慰めてあげられるような演奏とはどんなものなのか?演奏する寸前まで悩んだ。
ベースや管楽器、歌なら何らかの曲のメロディーを鎮魂の気持ちで奏でられるのが、打楽器だとそのチョイスはない。
しかもご近所も近いのでさほど音量も出せない中、持ち込んだシンバルとスネアのみで即興を始めた。

 

 

いざ音を出すとなると自然に体が動き次から次と場面が現れては消え、、シンバルの余韻がその6畳間全体に拡がり、畳が出てきた一音一音を吸い取っていくかのようだった、、、暫くして
その音楽はエンディングを迎えた、、、

目をあげると奥さまが涙されていて、、、
しばらくして自分もその状況に込み上げてきた。

生前、ライブで一度聴いてくれた叔父さん、二度目は亡くなった後になってしまった。

 

 

故人には届いたのだろうか、そして何より叔母さまにはどう映ったんだろうか?
演奏前に考えたりイメージしたことは一切出てこず、リズムや間、などにはいつもの自分が、、やはり出ていたのだと思う。
色々な感情も混じりつつ、これでよいのだろうか?と不安になった気持ちも、、
普段の演奏でも無我で自然に演奏できる時は稀だ、、でもこれでいいのかもしれないと思った。
いつもいい演奏をしようと背伸びして背伸びして、、ちょっとでも上にある物を掴もうとしているようなところがあるが、身の丈で良いのだと。
何も気負わなくてよいのかも知れないと思った。

 

どこからか、「いいんだよ」といつも優しく話す故人の声が聞こえてきたような気がして、
逆にこちらが勇気付けられたような気がした。

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