某月某日
不特定多数の皆様、明けましておめでとうございます。今年もどうかよろしくお

願い申し上げます。

正月時期は苦手である。嫌いなわけではない。街には人が少ないし、静かでも

ある。ただ、独り住まいの身としては、多少食料獲得に困難を来す。別に特別

健康に留意しているわけではないから、元旦からの三が日をしのぐことぐらい、

今までのあれこれを考えれば、そう難しいいことではない。しかし内心どうもき

にくわない。特別日本の習慣に楯突くつもりはないけれど、忘年会をやり、その

年のことは水に流してしまって、新たに新年会などやっている。こういう国柄で

は、ナチのアイヒマンをイスラエルのモサドが長年彼を追いつめるというような

心情は生まれない国なのではないかと思ってしまう。イスラエルに忘年会はあ

るまい。少なくともモサドのメンバーには。忘年会をやっても去年のツケは廻っ

てくるのである。いわんや国際情勢においておや。地球環境のことを考えても、

その記事を新聞などで読みながらコーヒーなど飲んでいる僕自身も、相当のア

チャラカ者である事には変わりないのだが。

ええ、話題を変えまして、ウエブのスケジュールの更新ですが、1月第二週に

は更新しますので、しばらくお待ちください。

某月某日
地球温暖化だのなんだの言いつつも、毎朝けっこう寒い季節となった。僕の家

は、けっこう密閉式なので、あまり暖房はいらないのだが、今年の夏の暑さと比

べれば、やはり格段の差があるように思う。今、午前五時半で、また眠れなく

なってしまった。冷蔵庫の残りの野菜でシチューを作ることとした。午前五時半

に野菜を切っている自分が何だか滑稽である。やらなければならぬ仕事も山

積しているが、とにかくシチュウーを料理することと決めた。今は、とろ火で煮

込んでいる最中である。作り方は簡単、なんの肉でもいいから、塩こしょうを

ふってしばらく置いておく。その間に、冷蔵庫にある残りの野菜をテキトウに

切って、まず肉を炒め、そこに野菜を入れて炒める。そうすると、野菜のうまみ

が出てくるようだ。特にこのシチューを料理することに関して、よくテレビで紹介

されているような達人の技は必要ない。ただ、使う水はミネラルウオーターにし

た方が良いということだけが、コツといえばコツだ。後はじっくり煮込んで野菜

不足を解消するのみである。ボストンに住んでいる頃、よくチャイナタウンに安

いフライドライスなどを食べにいっていた。しかし、ある日気付いたのである。こ

のチャイナタウンにあるたくさんのレストランは、どこから材料を仕入れている

のかという疑問が浮かんだのだ。当時、僕よりボストンに長く住んでいる日本

人の何人かから情報を得ることにした。その情報を総合すると、ボストンのあま

り治安のよろしくない地域に、謎のマーケットがあり、そこがどうも、チャイナタ

ウンの材料を一手に引き受けているということが分かった。こうなったら行って

みるしかない。車をもっている友達を誘い、早速その地域をうろうろと運転して

いたら、あったあった。たくさんの中国人が出入りしている大きな建物が。中に

入ってみて驚いた。中華の食材のみならず、タイなどに輸出用の「出前一丁」

のようなインスタントラーメンも売っている。値段は一個50セントほどだ。夜食

にちょうど良いと買いまくった。肉類も豊富で、ボストンにある通常のマーケット

より安かったような気がする。ただ、肉屋のオヤジは英語を話さなかったので、

筆談で用を足した。肉売り場の床には、豚の生首が鮮血を流したまま放って

あったりして、少し閉口したが、ごぼう、白菜など、ボストンのマーケットでは手

に入らない野菜が、信じられないぐらい安い値段で売られていた。また、調味

料の種類の多さは、特筆もので、オイスターソースのみならず、エビのソース、

なんだか分からないソース類がたくさん瓶詰めになって売っていた。それらの

調味料も安かったので、がんがん買い込んだ。乾燥中華麺も至って安く、大量

に買い込んだ。冷凍食品の中には、餃子が五十個ぐらい入ったものもあり、値

段も安かったので、それも仕入れる。そうこうしているうちに、僕のアパートの台


所のまわりには、中華料理に使う色々なソースや材料があふれかえった。中華

料理のレシピの本など、当時は持ち合わせていなかったが、要するに、まず、ニ

ンニクを細切れにして、豚肉やら鶏肉やらをごま油で炒める。そのあと、野菜を

炒めてから、片栗粉を混ぜた水を適量たらせば、中華丼、焼きそばなど簡単に

調理できた。わけの分からない調味料を使ううち、その味も覚え、料理の種類

によって使い分けるところまで上達した。外で変なハンバーガ−や、スライス・

オブ・ピザなど食べているより、自然と野菜が接種できる中華料理に比重が移

り、毎晩中華料理ばかり食べていた。しかも自己流の。こうなってくると、調理

器具も欲しくなり、ヘラや、かき混ぜる道具、色んな種類の中華鍋なども買い

込んで、一事、何のためにボストンに留学しているのか分からなくなってしまっ

た時期もあった。夏場はジャージャー?を良くつくった。自己流ながら、それな

りの体裁と味をどんどん旨いものにして行くコツものみこめてきた。日本人の友

人を招き、中華料理パーティーなども時折催した。

今はずぼらになり、料理といえばシチューが定番である。日本では、ボストン時

代に買い込んだ調味料や調理器具が、やたらに高いので、中華料理はもう作ら

ない。

おっと、シチューが煮えてきたぞ。


某月某日
過日、電話機が、例の気味のい悪い声で、「ファックスヲジュシンシマシタ」と言

うのが聞こえたので、電話機の前まで行ってみたら、表示板というのが正しい

のか、とにかくデジタルな画面にカタカナで、「ジュシンデータガアリマス/イン

クリボンヲコウカンシテクダサイ」との表示が出ていた。ああ、やってきた。復活

の日ならぬインクリボン交換の日。僕は、インクリボン交換が大の苦手なので

ある。一回でうまく行ったためしがない。電話機をぱくっと半分に割るようにして

中を見ると、なるほど、どうもインクリボンの様子がおかしい。これは僕の天敵

である電化製品量販店へ、インクリボンを買いにかなければならないことを意

味する。この日記で何度も書いているように、僕はあの量販店が大嫌いなの

だ。ビカビカの蛍光灯に騒音に雑音。落ち着いて買い物ができたためしがな

い。大体、店内の何だかわけの分からない放送で、店員の商品に対する説明

が僕にはよく聞こえない。まあしかし、送られてきた内容のファックスは、仕事

関係のものかもしれず、このまま無視するわけにもいくまい。ということで、量販

店に突撃。とにかく電話機の取扱説明書自体をもっていって、そこいらの店員

に、取扱説明書を見せながら、インクリボンはどこですかと聞く。僕のインクリボ

ンの形名は、数字とアルファベットの合体した複雑なものだ。しかも、だいたい、

「形名」なんていう日本語自体が何だかおかしい気がするし、どうして、インクリ

ボンごときに、スター・ウオーズに出てくるロボットみたいな型番つけなくちゃな

らないんだよ。インクリボンA,B,Cで充分違う形と見分けがつくじゃないか。とに

かく、インクリボンを下さいと近くにいた店員に声をかけた。案内されたその場

所には、たくさんの種類のインクリボンが置いてあった。なぜ形をいっしょにしな

いんだろう。すぐさま僕の電話機に合うインクリボンを買い求め、料金を払った

後、ダッシュで量販店から外に出る。量販店の店内にいた時間約3分。上出来

だ。次は2分を切ってやる。

家に帰ってインクリボンの入っている箱を開けてみた。いつも不思議に思うのだ

が、スティック状のもが2本、セロファン紙のようなものが、均一な量で各々の

スティックに巻かれた格好になっている。このことからして僕には分からない。

なぜ二本のスティック状のものに「均一に」セロファン紙みたいのが巻かれてい

るのか。たとえば、トイレットペーパーだって、使っていくうちに芯にある筒状の

ボール紙を残して、紙自体がなくなるわけである。だから、インクリボンだっ

て、どちらかにインクリボンが巻いてあり、どちらかがスティックのみでなけれ

ばおかしいではないか。セロファンのようなものが均一に二本のスティックに巻

かれているということは、どちらか半分のセロファンのようなものは使わないとい

うことなんじゃないか。いったいどういう仕組みになっているのだろう。きっと電
気会社とセロファン会社が結託しているに違いない。

またこのインクリボンの交換が、僕の神経をささくれたものにする。一回でうまく

行ったためしがない。しかもなんだよ、この19世紀的な交換の仕組みは。これ

だけ電化製品が発達しているのに、コンピューターのプリンターのようになぜな

らないのか。まず白色ギアと緑色ギアを新しいインクリボンのスティック状の穴

に差し込む。この行程からして、もう既に19世紀的じゃないか。大体このプラス

チックのギザギザした、円形状のものが、「ギア」なんて名前で呼ぶほどのシロ

モノか?とにかく解説書通りに、そのギアなるものを差し込んだ状態のインクリ

ボンのスティックを本体に装着べく試みる。まずここで、必ずぴったりとはまら

ない。スティックの長さが長すぎて、電話機本体にフィットしない。その何だか

ギアとかいう物を、もう一度、スティックの穴にぐっと無理矢理押し込もうとして

いると、段々セロファンみたいな紙がよれよれになってくる。格闘10分後、やっ

と二本のスティック状のものが、電話機に収まる。ふと見ると、ぱくっと二つに

割れた電話機の裏側にも、インクリボン交換方法という説明が書いてある。二

本のスティックを本体にはめ込むところまでは解説書と同じことが書かれてい

る。違いは、緑色のギアを回転させて、インクリボンのたるみをなおしてください

とある。その通りにして、二つに割れた電話機を閉める。ジーっと何だか原始

的な音がして、「キロクシ/リボンカクニン」という表示が出る。いつもこうだ。い

つも一回目にはうまく行かない。もう一回電話機をぱっくりと二つに開けて、イ

ンクリボンのよれがないか目で確認し、たるんでないことも確認して、緑のギア

を回して、多少セロファン紙が突っ張るぐらいの状態にして、電話機を閉じる。

「キロクシ/リボンカクニン」の表示が再度表示される。ここでいつも僕は、顔の

表情だけ、無念無想の境地にいる者になる。しかし、頭の中は、無念無想どこ

ろか、不条理感と怒りでいっぱいになっているのである。こいつはいったいなん

だ?なぜいわれた通りやってるのに動かねえんだ?


きっとこれには電話機の閉じ方に問題があると考え、まず最初に静かに静かに

閉めてみた。結果はダメ。作動しない。頭にきたから、こんどは思いっきり乱暴

に電話機を閉めてみた。ガシャン!ジーッという音が長く続く。おいおい、いった

いどうしたんだよ、さっきいよりそのジーって音が長いじゃねえかよ、と思ってい

たら、「シバラクオマチクダサイ」という表示が出た。シバラクッてどのくらいの

時間のことを言ってるんだ。すると、またジーッという音がして、止まった。


表示には、「ルスセッテイ」と今日の日付が。うまく行ったのかと思って、ファッ

クス受信のボタンを押したら、電話機にファックス用紙が吸い込まれて行く。


やっとうまく行ったんだ。

しかし腹立たしい。インクリボンを交換するのにある種のコツが必要だというこ

と自体が許せない。ゼロ戦じゃないんだから、誰がやっても、同じく作動するよ

うに、なんで設計できないんだ。これだけ電化製品が発達しているのに、何で

ファックスのインクを変えることだけが、19世紀的なのか。

出てきたファックスを見てみたら、○×不動産株式会社 オフィスレンタルの

件、六本木の一等地、4DK 賃貸し 月600,000という見出しの下に、部屋の間

取りの設計図みたいのが印刷されている紙が出てきた。怒髪天を衝くとはこの

ことであろう。間違いファックスだったのだ。このオレサマに、月60万の家賃を

払えってか。こっちはてっきり、何か仕事のファックスだと思ってたのに。

次回から、ファックスのインクの交換時には、お客様相談センターに電話して、

しかるべき人間を無料で派遣させ、交換作業を、何度も書くが、無料で作業さ

せると心に誓った。

えへ、えへっへへへへ。非常に感情的な文章を書いてしまいました。仕事関係

の皆様へ。ということで、インクリボンは最近新しく交換したので、しばらくは

ファックス受信は問題ありません。何かありましたら、連絡お待ちしております。

某月某日
10月のはじめに風邪をひいてしまった。微熱が続き、本日29日、やっと熱が下

がった。こんなに長い間風邪で熱を出した経験がなかったので、血液検査をし

たり、レントゲンを撮ったりしたが、要するに体に細菌が入ったということしか分

からなかった。まあ、大病でなくてよかったようなものの、これだけの長い間微

熱が続くと、体力は消耗し、頭のぼんやり度も増してくる。普通に気分がいいと

いう状態が、いったいどういう気分なのかも忘れてしまうほど、体がだるかっ

た。熱がもっと高く、ベッドに寝たきりだという状態であれば、まわりの人間も、

ある程度僕のことを病人として扱ってくれるのだろうが、微熱というのは微妙な

もので、気分は悪いのだが、何となく事務の仕事をしてしまったり、じっとテレビ

を見たりしていたので、他人からは病人扱いされない。

微熱なのだからたいしたことはないと、色々と仕事をしていると、日を追って体

のだるさが増してきて、とにかく、横になっているか、テレビを見ることしか、で

きることがなくなってきてしまう。

こういう時期に限って、ピットインでGO THEREの演奏、JAZZ TODAYでの演

奏などをこなさなければならず、座薬などをぶち込んで、何とかしのいだので

あった。特に、JAZZ TODAYの演奏の最中、座薬が効きすぎたのか、血圧ま

でもが下がったような状態になり、ほとほと困った。まあ、評判が良かったので、これはこれで良しとしよう。

風邪は万病の元とよくいわれるが、現代に於いて、病気の種類は1万では足ら

ないのじゃないか。風邪は億病の元と言い換えるようにしたらどうか。行きつけ

の医者のところで採血したり、レントゲンを撮ったりして、最初に書いたとおり、

億病の元に、自分がかかっていないことは、はっきりしたのだが、病院の待合

室には、なんだかよくわからない病気の名前が羅列されたポスターなどが貼っ

てある。難病と呼ばれるものばかりだ。病名を何とはなしに読んでみると、その

病気の症状よりおぞましい名前がついているような気がしてならない。しかし、

よくその張り紙を見ていたら、金欠病という病名はなかった。多分誰にも治せな

いのだろう。金欠病になれば、病院には行けず、つまり、おぞましい名前の病名

さえつけてもらえない。名前は間抜けだが、金欠病ほど恐ろしい病はないので

はないか。僕もずいぶん医療費を使った。金欠病の初期症状である。


某月某日
また寝そびれてしまい,今は午前五時。この時間になると,妙に体が,たとえその

夜睡眠をとっていなくてもどこかハイパーな気分になってくるのは,DNAの底に

埋まった整体時刻のようなものが、まだ活動している証拠なのかもしれない。

そう勝手に思い込むことができれば,僕はまだ健康であるということに成りはし

まいか、と、今瞬間瞬間,明日の昼間までどういうかたちで寝ることができるか,

模索しているところである。

前回お知らせしたように,全曲ジャズのスタンダードナンバーで構成されたCD

が秋に発売される予定となっている。色々な写真集など、またウエッブにて検

索したりしながら,いいジャケット写真を探しているのだが,なかなかピタリとくる

ものがない。しかし,焦っているわけでもない。今までの経験からすると,最終的

には何とかなるものだからだ。ということで,ジャケット写真も楽しみにしていてく

ださい。

寝られないので,久しぶりにテレビを見たら,「朝までなまテレビ」をやっていたの

で,何となく最後まで見てしまった。ずいぶん前に,九鬼周造著「いき」の構造と

いう本を読んだことがあるがある。すぐれた本というものは,貴重なものであるこ

とは周知のとおりだが,べつにこの本を読まなくたって、「いき」というものが、テ

レビを見ていてなんだか分かるような気がしてきた。つまり、政治家という職業

の人々と対局の発想、観念,言動を心がければそれでよいということが良くわ

かった。思わず勉強になってしまった。いずれにせよ,日本の未来は暗いです

ね。

ここ数日,仕事もなく,暑さのために,諸処の事務処理能力が通常の10倍ダウン

しているので、内心焦ってはいるものの,それを突破する精神的前傾姿勢が、

いまだ体の中に芽生えてこなくて,自分自身に辟易としている。まあ、こういう状

態も何度か経てきているので,だからといってとてつもない心労をかかえつつあ

るといった状況でもないのだが。どちらにせよ,社会的に考えれば良い状態とも

いえない。長い酷暑の日々を少し抜けてきた昨今ではあるが,食欲はいまだ戻

らず,結構人間というものは,あまり食べなくても生きていけるような気がしてい

る。食べるということに関して書いてみて,今思い出したが,またつい最近,あまり

見ないテレビを何となく見ていたら,大食い競争やら,ラーメンを一日に何杯も食

べてみせる番組などを連続して見てしまった。芸能人は,それを仕事としてやっ

ているのだから,こちらが文句を言う筋合いはないし,見たくもない番組は,視聴

者の側で見なければそれでいいだけの話しだが,やはり下品だと思う。このこと

も,九鬼周造の理論を知らなくても,「いき」ということがどういうことかということ

を,逆に理解する近道であろう。21世紀は始まったばかりなのに,世も末だ。こ

んなことを書くと,何だ偉そうにと思われる方もいるだろうから,補足のために書

いておくが,日本の食べ物は,世界の食べ物,特にアメリカ,北ヨーロッパのものに

比べて,格段に質が高い。これは僕が日本人だから,ということで贔屓している

のではなく,客観的な体験を元に、このことは断言できる。勢い、食に関する番

組が多いということも,うなずける部分もなくはないと思う。しかし、カメラの前で

でかい口を開けてむしゃむしゃ食い物が食えるという神経には,僕はついて行け

ない。単に恥ずかしいから。

トリオのCDが発売されれば,自然と,これからの活動の指針もたつであろう。こ

の夏を朦朧と過ごしてしまった分,何らかの巻き返しを画策せねばならぬ。と、

ここまで考えたところで,その先に特に書くことが思い当たらなくなったので、今

晩?今朝というべきか,今回の独り言は終わり。最後に一言。最近の日本人は

喰い過ぎだと思う。

某月某日
また長らく日記を書くのを休んでしまった。あまりにも考えることが多くて,それ

を文章に書くという、いわゆる脳の中でのそれら事象をまとめる時間,それを内

的言語にする咀嚼の時間が、この期間あまりにも長すきたことに起因すると思

われる。

ここで宣伝です。秋頃,ピアノトリオのCDを出すことに決まりました。演奏したの

は全てジャズのスタンダードです。メンバーは,鈴木正人(B),芳垣安洋(DS)。

なるべく意識的に,曲にアレンジをほどこすことを控え,これはある意味ヒジョウに

冒険なのですが,あえてその方針でつくってよかったと思える内容となりまし

た。鈴木,芳垣両氏も,すばらしい演奏をしています。秋頃発売予定なので,また

このウエッブにてお知らせします。

8月の頭、小用あってヨーロッパに行っていました。帰ってきたのが,ちょうど東

京各地で熱さ地獄が始まる直前で,体がまいりました。向こうは25°ぐらいだっ

たのですが,成田に着き,JR鴬谷駅で外に出たとたん,サウナに入った時のよう

な感覚に襲われ,これを逃れるには、四次元に開いたどこかの扉を探すしかあ

るまいと覚悟した次第です。外気がサウナなのだから,もう四次元にその出口を

もとめねば、この環境からの脱出は無理だと,客観的に感じたのですが。これ

は、何の理論的根拠も科学的正当性もない意見ですが、一方、僕の心の中では,「皮肉」という一言が思い浮かんでは消えしています。

この灼熱地獄によって,死んでしまった方もあるようで,これはどうも尋常な暑さ

とは思えません。宗教には,どの宗派にせよ,地獄,天国という概念があるようで

すが,もうすでに、この世自体が地獄なのに,いったい死んだらどこに行けという

のでしょうか。宗教家は,地獄はもっと苦しいという理論で来るのでしょうが。

この文章を読んでいる皆様も,お体ご自愛ください。
某月某日
前回の二回の日記、ろくなことは書いていない。自分のなかで堂々巡りをしてい

るのみであるから,自らが何かの行動を起こし,精神的に全てなにもかも解決と

はいかないまでも,なにかしらの気分転換が必要なのは衆目のとおりである。僕

はいわゆるグルマンではないが,何かうまいものを食べて,少し気分転換をする

ということに決めた。これとて,僕にとっては非常に飛躍的な行動なのだが。

とある筋から,あまり有名ではないが,うまいイタリアンレストランのことを聞き及

び,それを教わった晩に出かけてみたのである。

別段イタリア料理に詳しいわけではないが、その店は,とある世田谷区の一角

にあって,メインの通りからも遠い。隠れ家的店である。まず席に着き,メニュー

をひろげる。日本語とイタリア語が併記してあるメニューに、料理の種類が並

んでいたが、読むのが面倒であったので、店員を呼んで,とにかく前菜、メイン

の料理の二種類のおすすめを教えてもらい,後は全てまかすことにした。酒は

辛口の白ワインをたのんだ。それが店員おすすめの料理のコンビネーションと

多少合わなくてもおかまいなしである。何度も書くが,僕はグルマンではない。

しかも,内臓が,紫色に変色するのが,そのときなぜか嫌だったから白ワインを頼

んだ、という理由からだけである。

白ワインをがんがんあおっていると,色々なキノコの炒め物が出てきた。メ

ニューに書いてある料理の名前はすでに忘れている。オリーブオイルと何かし

らの塩気によって絶妙な味をなしているキノコ類をわざとナイフとフォークで小

さく切りなが食す。よく炒めてあるのに,キノコの繊維質がしっかりと歯ごたえが

あり,しかも量も多く,先ず第一段階はとても味覚的に楽しめた。中華と同じく,や

はり強い火力の調理ができるからこそこの味はたもてるのだろう。キノコの味と

いうものは不思議千万で,味というより,繊維質とキノコ自体の土の香りを少し残

した風味を味わうものだということを再認識したような気がした。


キノコを食べていたら次の料理が来た。パンに様々なチーズを溶かしたものが

かかっているなんとかというメニューで、これも少しずつ切って食べてみた。食

べているうちにチーズソースがさめてきたのに,固まらないのに少し驚いた。とこ

ろどころ青っぽいところがそのソースの中に見受けられるということは,ブルー

チーズも入っているのだろう。ヨーロッパに演奏しに行った時,彼の地において,

相当えぐいチーズを食べたことがあるから,この一品は,もしかしたら,日本人用

にアレンジされているのかもしれない。なぜなら,食べやすかったからだ。白ワイ

ンとともに,パンにチーズをぬってもぐもぐとやっていたら,メインディッシュがき

た。ズワイガニのスパゲティ−である。まずカニの腕だか足だかを素手でつま

みあげ,食べにくい中身をしゃぶり始めた。どう考えても,カニの中身とパスタ自

身をいっしょに食べることが無理だなあと思ったからである。思ったとおり,カニ

の中身は食べにくく,最初は,丁重にナイフでもってして,中身を掻きだしていた

が,途中から面倒になり、甲羅の部分から噛み砕いて全部食ってしまった。ざま

あみろである。いずれにせよ,パスタには,カニの滋味が混じっているはずで,こ

ういう食べ方をしても,特に問題はあるまい。思ったとおり,カニを征服した後のト

マトソースのパスタには,カニの風味が移っており,しかも、絶妙な割合で唐辛

子の辛さが風味を引き立てていた。ジューサーで細かくしてトマトソースに和え

たというよりも,細心の注意を払って,唐辛子を細かく刻んだという辛さのなか

に、スーパーマーケットで売っているトマトの缶詰にはない、トマトの新鮮な風味

が、絶妙にパスタと絡み合っていた。一口食べてみると,その唐辛子の辛さとト

マトの風味、カニというよりもいわゆる海鮮のある意味重ったるい食感が、口中

に広がった。これは美味であった。この味覚によって,脳内のセロトニンが増え

ないかなあと一瞬想いつつ,このカニパスタ,一気に食ってしまった。次なる

ディッシュは,子羊の何とか香味風味焼きとかゆうもので,二十代の頃、フィレン

チュエで食べたことのある,Tボーンステーキを想起させるものであった。辛口

ワインも相当飲んでいるので,もうフォークもナイフも使うのが面倒くさくなり,子

羊の肉にくっついてきた骨をつかんでそのまましゃぶるように食べてしまった。

勿論この一皿にも,焼き加減,塩の量,焦げ目のつけ方,色々技があるのであろう

が,こちらはそんなこと,食べる方法に関してはおかまいなしだ。ただただしゃぶ

りついた。脂身の部分と,肉質な部分が絶妙のバランスでり、一口一口が楽し

めるように調理されているところに、家庭料理では再現できない何かしらの技

を感じた。一口噛むと,肉の繊維質,しかしそこにはほろほろと,肉の脂肪がまと

わりついてくる。二口目にも同じ満足感が得られるということは,なにかしら途方

もない工夫がなされている証拠であろう。味全体に関しては,塩味が強すぎる

感があるのに,その塩味を感じたとたん,肉汁がそれを中和するという繰り返し

には,少し恐れ入った。後,骨までしゃぶって,椅子にのけぞり,天井を見上げた。

たまにうまいものを食うと,少し頭がぼーっとする。

この湿気の強い嫌な気候の中で,このような味覚を維持すること自体,大変なん

だろうなあと想いつつ店を出た。たまにはこういう晩が有ってもいいではない

か。

明日からまた,豆腐に醤油をかけてそのままスプーンですくって食べる日がは

じまるのであるから。


二番目に食したのは,

某月某日
前回の日記の続き。こういう湿気の時期にまた夜も眠れなくなるという悪循環

が襲ってきた。ただいま午前6時30分。

前回の日記で書いたいわゆる余計なことを考える気力もなくなっており。こんど

はあらぬ妄想が,何の合理性もなく、浮かんでは消え,浮かんでは消え,という状

態になっている。眠れなくなるという状態にはなれているはずなのに,今度は複

数の,わけの分からぬ妄想が、瞬時にして頭をかすめたり,なかには、その妄想

と他の妄想とのあいだに、何らかの関係のあるものまで含まれている時があ

る。いずれにせよ,前回書いた日記を書いた状態よりも手に負えない。ただ妄想

といっても,それは必ずどこかに悪夢的な要素を含んでいるからである。つま

り、前回のように,何やら根本的に脈絡のないことを書き散らしていた時よりも、

さらに自分自身の思考を押さえつけるのは難儀な状態になってきてしまってい

る。何しろ相手は妄想なのだから,突然に前夜に見た夢の断片が頭の中に去

来したかと思うと,とにかく有りもしないようなことが、何故だか冴えきったイ

メージの中に滑り出してきたりする。個別の妄想自体は,そんなに頭を悩ます原

因ではないのだが,しかし,それらいろいろな妄想そのものが,ものすごい勢い

で、同時に脳内を通り過ぎてゆき,これには全くお手上げの状態で,禅の言葉

で,妄想は出流にまかせる去るにまかせるしという方法があるそうだが,世俗に
まみれた僕の心境では,到底このような言葉は,知識として認識されるだけであ

る。

酒を飲むと一時収まることもあるが,それによって酒に依存するのも厄介の種と

なりそうだ。

新しいトリオのMIXINGの日程がなかなか決まらず,新しい演奏場所を探し出さ

なければならないという強い想いが,不眠症、ならびに、複雑な人間関係など、

これらのことが要因になって、自分勝手に妄想しているに元凶かもしおれない。

チュンチュンの時間となってきたようだ。ムダとは知りつつ,これからベッドに横

になってみることとする。

某月某日
梅雨である。きわめて体調が悪い。僕の天敵は湿気なのである。ピアノと同じ

ように。昨今ポッコリと演奏の仕事の谷間ができて,気分もすぐれないのに,余計

なことを考えてばかりいる。余計なことは余計なこととして,考えねばいいと言わ

れればそれまでなのだが,その余計なことの中にも、大切なことが混じっている

かもしれず,大切なことの中に余計なことが混じっているかもしれず、こういう文

章を書いていること自体,余計なことかもしれず,最後にはため息が出る。総じ

て言えば,日本という国は、かわいそうな国である。世界史の中で初めて原爆

を落とされ,信用していた政府には裏切られ,国家としての理念もなく,普段食っ

ているものは何がなんだか分からなくなっていて、それなのに、諸外国からは

先進国として扱われ,根本的には国家自体貧乏なクセして背伸びして,生き残

ろうとしているけなげな日本。こういう国に文化が根付くことは、遠い先の未来

だろうと思うと,暗澹たる気持ちになる。いわんや,遠い先の未来に,文化国家と

して確たる姿を呈することができれば,まだいい方かもしれない。なにを一人の

ミュージシャンごときがほざいているのか,と思われる方もあろうが,逆に言えば,

たかがミュージシャンごときの存在をも、こういう気分にさせる土壌というのは、

いったいなんだろう。僕の気鬱のせいだけなら読み捨ててもらってもかまわない

けれど。僕は自分の審美眼と美感を,信じるのみである。
某月某日
前回のごとく書いてはみたが,ウエッブの管理人の適切なる指導によって書き

変えることができた。なんだか,キャッシュを空にするという項目をいじらなけれ

ばならなかったようだ。また一つコンピューターについて新しいことを学んだよう

な気もしているが,時が経てば忘れるであろう。そういう頭にできあがっている

のだからしかたがない。せいぜいウエッブの管理人に愛想を尽かされない程度

にうまく渡り合うすべだけは忘れぬようにしないと。

そういえば,久しぶりに日記を更新している。むしかえすようだが,我が尊敬する

哲学者、池田晶子氏が亡くなってから,何となく,文章を書くことに対しておっく

うになっていただけなのだが。言葉はロゴスであるという真実を突きつけられて

しまえば,おいおいと、よけいな文章は書きたくなくなるし,今はやりのブログとい

うものも,なんだか善し悪しの基準が曖昧に思えて,不特定多数の人々に対し

て,ここで文章を書くこと自体,すこし憚られた思いであったのだ。


前回の日記を見てみると,トリオの録音のことが書いてあるが,これは三月に終

えたことであり,優に3ヶ月間沈黙していたことになる。この間,個人的にも社会

的にも色々なことが起きたのだが,どうも世の中,時が経つにつれて,ミュージ

シャンのみならず,生きにくくなっていく度合いが増えていっているように思えて
しかたない。

宮崎駿氏の創造した「風の谷のナウシカ」では、腐海に広がる粘菌が、ある意

味人類の未来を象徴していたが,西暦2007年現代の粘菌も,増殖してるんだ

か,どこにあるんだか分からない仕組みとなっているようで,どうもお先真っ暗

だ。日本人はなぜもっと怒らないのか。僕としては音楽を通じて暴れるつもりで

ある。アバレルといっても、なにもデモをするとか,わけの分からない行動に出る

つもりはない。べつに激しいフリージャズ的手法をもって,何かを表現するつもり

もない。いずれにせよ、大勢の人々が,本当の音楽によって或る種のカタルシス

や,日々のどうにもならない気分が一瞬でもいいから解放されることを望むばか

りだ。別に僕の音楽以外でもそういう体験をして頂いてもいいのだが。


笑ってしまうのは,,学校の先生や,その他、ごめんなさいではすまない職業の人

達が,妙な痴漢行為で捕まっていることだ。バンドマンだったら,あいつはスケベ

でどうしようもないな,ですむところ、むろん,被害者の女性をこれ以上増やすこ

とは良いことではないが,復職できるということを考えれば,我々の方にアドバン

テージがある。いったいどうなっているのだろうか。つまり、あまり一寸先は闇で

はない人や職業の人が,自ら一寸先は闇の世界を創出しているということで

あって,ある意味,我々ミュージシャンを上回る気性の持ち主が増えているという

ことであろう。こうなってくると,我々が,いい意味で音楽的に暴れても,あまり意

味がなくなってくるのではないかと不安に思ってしまう。何しろそう

いう人達は,我々を精神的に凌駕しているのだから。


さてこの日記本来の役目をこれから書き記すとすれば,トリオのCDの発売は秋

以降となりそうである。予定ではそうだということで,後は実務をこなすEWEの

手腕に、宣伝なども含めてまかせるしかない。



某月某日
機械の都合で,新しいライブスケジュールの更新ができません。なぜだろう。
某月某日
本日は,目の奥底のホコリがふりはらわれるような晴天である。少し風が強い

が,それもまた,目やにをからりと乾かしてくれるような春風であり,気分がすこ

ぶるいい。

一週間ほど前,銀座のスタジオにてトリオの録音をした。メンバーは,鈴木正人

(B),芳垣安洋(DS)。今回は,前回の「ELEGY」のようにストリングスが入ってい

ない掛け値なしのピアノトリオの録音だ。発売は今年秋頃を予定している。詳し

い情報は,追って,このウエッブにおいてお知らせしたいと思っている。スタジオに

て,久しぶりにスタインウエイを弾いた。ピアニストであるのに,なかなかこの楽

器にめぐりあえない。普段,場末のキャバレーのズベ公と、日夜の区別なくもの

すごく淫蕩な日々をすごすダメ男が,いきなり原節子から愛を告白されたよう

な、そんな段差がある楽器で,鍵盤のタッチ、サウンド,音色,アクセント,等など,

申し分なく自分のイメージしたとおりの音を出してくれる楽器だ。ピアノという楽

器は,名前のとおり,ピアノフォルテを十分表現できるもので,その醍醐味を久し

ぶりに味わったと思うのは,喜ばしいことなのか,悲しいことなのか。確実にいえ

ることは,また新たにピアノという楽器に対するイメージを録音を通じて学ばせ

てもらったという気分いっぱいである。

と、言いつつ,レコーディングのために家にこもってピアノばっかり弾いていたの

で,いざ本番が終わってみると,燃え尽き症候群のような精神状態になってき

て,最初に書いたように,ああ、太陽が明るくなってきたな。風が強いなといった

自然現象しか感知しなくなってしまった今日この頃である。ちょっとニュース等

を真剣に見ると,ロクなことは起っておらず、詳しく書かないけれども,まあ嫌に

なってくるだけだ。日本の政治は何でこうゴミなんだろう。


いや、春だ。ゴミなことを忘れさせてくれる春の力を信じようと思う。コンピュー

ターで桜の開花予測をし,それがはずれるなど,愉快でたまらない。咲いた時が

咲いた時じゃないか。日本の都市景観は類を見ないほど最悪だが,そこに桜が

咲いていると,何ともけなげに見えてくるから不思議である。今住んでいるとこ

ろから一番近い花見の場所は,M川沿いの桜並木だが,毎年夜桜を見に行って

いる。川沿いの店などが,屋外に椅子を置き,花見客を立ち止まらせようとして

いるのだが,僕はあまりそういうところには座らずに,川沿いに桜を見ながらうろう

ろする方が好きだ。そのあと酒が呑みたくなれば,川沿いからはなれた店で静

かに杯をかさねるのがよろしい。家に帰ってねそべりながら、坂口安吾の「桜の

森の満開の下」など読み返すと,またこれ格別である。お金もかからない。

さあ,今年の春、夏,秋、冬は何がおこるのであろうか。池田晶子さんも死んでし

まった。どうあれ、次回のCDが出るまで,考えの及ぶ限り,自分の音楽のことを

大切にしなければいけない。最も簡単な答えが,最も難しい。

某月某日
我が尊敬する哲学者,池田晶子さんが死んでしまった。ものすごくショックであ

る。彼女は僕と同じ1960年生まれで、年齢も46才と同い年だ。僕の好きな作

家は、すべて鬼籍にはいっており、彼女の書く文章は彼女より若い人、または

同年代、池田さんより歳をとったひとが、まじめに思索するに十分な内容であ

る。まだまだすごいことを書いてくれるという期待が僕の中にあった。そういう意

味で,池田さんの新刊が出るのを楽しみにしていたのに,癌によって池田さんは

他界された。悲しいのは,これより先,新刊は望めないということである。いずれ

にせよ、同い年の池田さんのことは、他人事とは思われない。今まで既刊の彼

女の書いた文章には全て目を通している。これまでの池田さんの文章を読んで

感じたことは,僕には明晰に考えられない大切なことを,池田さんの文章によっ

て知らされたということだ。このことは,僕に対して,大きな財産となり得ること

だった。池田さんは,死に対して,この世の不条理に対して,明確な理論的文章

を展開されている。この世の不純を書き表し、それらの一字一句が,少なくとも

僕の魂を動揺させるのに充分だった。だがしかし、もう新刊は,書き残ししか期

待できないだろう。何という悲劇であろうか。彼女のような人こそ,これからの日

本人を、内面的にリードし得る人だったと確信していたのに。これは僕の勝手な

思い込みかもしれないが、我々日本人は,真のオピニオンリーダーを亡くしてし

まったと思う。インターネットで知った情報だが,池田さんは、死ぬ間際まで文

章を書いていたということが多く語られている。僕が最近読んだ池田晶子氏の

本は,情報センター出版局の「残酷人生論」であった。未来を予見したようなタ

イトルではないか。この本でも,死ということが,実に明晰に記されていた。同い

年の僕よりも先に、その「死」を超えてしまった池田さんの胸中はいかばかりで

あったろうか。哲学的解釈をぬきに考えても,池田さんの安寧を望むまでだ。彼

女自身,著作の中で,死は存在しないと,何度も書いているけれど。

しかし、一方では,池田さんの安寧を望む反面,死ぬ直前まで書いていた文章

を読みたいというある意味下品な欲望も抑えきれない。こういうことを願うこと

自体、残酷人生論かもしれない。でもしかし読みたい。文筆家はこういう人生を

たどらなければならない宿命があるのかもしれない。などと、自分勝手な理由

をつけて,だけど読んでみたいのだ。たとえその行いが下品であろうとも。

池田さんは、本当に最後まで死を恐れなかったのだろうか。ここが、文筆家と

読者の残酷な関係の露出するところである。客観的に見れば,文筆業というの

は因果な商売といえよう。書いた本人が追いつめられたところを,追いつめられ

ていない頃の文章と照らし合わせたいという、それこさ、残酷な読者の

興味を倍増することであるから。不謹慎は百も承知で,池田晶子さんの新刊を

楽しみにしている僕は,はたして、サディストなのか。ええい、どうでもいい。池田

晶子さんがこの世に残した文章は,一字一句にいたるまで、熟読するつもりだ。

勝手な考え方かもしれないが、,それが彼女に対しての最大の供養となるであ

ろうと望みたい。

某月某日
またずっと日記を書かなかった。正月新年は深夜はピットインで演奏し,そのま

ま家に帰って寝たら,元日の夕暮れになっていた。年越しそばも,日本的新年の

お正月の行事をすべて放棄した静かな夕暮れ。そば屋も開いていまい。元日

の太陽も拝めなかった。しかしながら、いい気分である。気分はいいが,脳の気

分は悪い。正月という時期を無視したという浮遊感をもってして,寝床から起き

上がるも,これといってやることはない。腹が減ったが,僕は腹が減らないつもり

になるのがうまいので,そのまま連続して煙草を吸ったりしていると,夜になっ

た。初詣でも行こうかと思ったが,人ごみの中にいくのがいやでやめた。というこ

とで何にもすることがない。実家に帰る約束をしたのが3日だから、後一日寝

て過ごすことにした。池田晶子著「残酷人生論」を読んでいるとまた午前四時

ぐらいになった。どこも開いてないから散歩に行く気もせず,部屋の換気を定期

的にする意外なにもしなかった。さて3日の午後に,実家に新年の挨拶にいくこ

とになっていたが,行くこと自体もめんどくさくなってきた。なんだかんだ理由を

つけて3日の日も実家にいかなかった。実家にいけばそれ相応の食い物がある

だろうに,親戚が集まって,おめでとうございますなんて,なんだかアホ臭くて,寝

床に横になりながら,中島義道著「たまたま地上に僕は生まれた」を通読。この

手の本を読んでいる方が落ち着く。悪癖はすぐ身に付くもので,一月中深夜ま

で本を読み,起きるのが午後4時頃と、太陽の光を見ぬ一ヶ月が過ぎていっ

た。不健康きわまりないが,慣れるとそうでもない。なにもはつらつとして明るい

ばかりが人生ではない。食生活も滅茶苦茶。後でツケが回ってくるのだろうが

かまやしない。今までずいぶんとツケを払わされてきたから,次はなあに、てな

もんだ。

なんでこんなことができるのかと言えば,これといった仕事が無いせいであって,

ここまでくると,自分がピアニストなんだかなんだか,もうそんなことはどうでもよ

くなる。読書に飽きると,サングラスをかけ,新宿紀伊国屋書店に落語のCDを

買いに行く。僕の贔屓は春風亭柳朝だが、いかんせん記録が少ない。残念なこ

とである。もちろん古今亭志ん生、桂三木助,円生、金馬などなみいる名人も

僕のお気に入りで,ジャズなんてこれっぱかりも聞いていない。うまい落語家は

音楽と同じに,やはりグルーブしている。面白いな。

しかし2月となるとこんな生活をしているわけにはいかなくなる。さすがに、なに

か起さねばと,板のようになった背中をさすりながら,仕事をとり,3月のレコー

ディングの準備も始めなくてはならない。

ということで、最近名実共に,おそまきながら、起き上がった所である。
某月某日

東京フォーラムに於いて,ジョアン・ジルベルトのコンサートを聴きにいった。

あの音量で,大勢の客をテンションをキープするということは至難の技である。

ボサノバという音楽は実に不思議だ。この太陽系に地球という惑星があって、

今まで人類が歴史上どんな蛮行を繰り返してきても,その蛮行を大きく音楽で

包み込む奥深さが,ボサノバ,強いていえばジョアン・ジルベルトの音の中に散り

ばめられていた。そう,極端にいいえば,いずれ太陽の膨張で消え去る運命にあ

るこの地球で,地球の人類が作り出した,何をも包括する音楽、それがボサノバ

なのではないだろうか,いわんや,超未来の人類が、太陽に地球が呑み込まれ

る瞬間にトリステなんか聴いているなんていうのも、不思議にマッチしてしてし

まう音楽、これはボサノバ以外無いであろう。卑近のボサノバであっても,例え

ばイラクでの戦闘シーンに、現場の音をかき消してボサノバを流したら,逆にも

のすごくインパクトのある映像が撮れるのではないか。満員電車の風景にデサ

フィナードなど流せば,シニカルをとおりこした,何らかの残酷さとともに,どこか

客観的でシラケた効果が出ることは必須である。

例えば,爆弾テロがあった場所に映像とともにボサノバを流せば、人類の,意識

そのものが,大きく展開するのではないだろうか。人類がちょこまかと己の利益

や思惑で行ったり来たりしている。僕を含めて。だが,21世紀の映像にこそ,ボ

サノバは必要なサウンドであると思う。

御大75才、来年は来てくれるのだろうか。

某月某日
昨日,携帯の会社を改め,新しく某社の機種を手に入れた。機種変更に関して

は,今まで使っていた携帯電話にいろいろと問題があったから応じたのだが、そ

れを変更するまでの行程は詳しく書かないのがよかろう。一言そえれば,機種

変更に於いて、多大なすったもんだがあったとだけ記しておこう。今頭にきて

いることは,機種変更、その間のすったもんだ,店員の対応等の問題よりも,新し

く手にした携帯の機種の内容にある。僕が一番げっそりきたのは,その携帯電

話自身の内容の幼稚さである。とにかく、誰かが日本人を愚民化,もしくは文化

度ゼロに追いやろうとしているとしか思えないような機能がたくさんついてい

る。色もデザインもひどいという言葉をとおりこしたメールの背景画や、メール

の文字に付随するチーハク的絵文字。漫画やゲームなど、携帯一機には多す

ぎだろうと思われる下衆なサービス。無知なガキから、通信料、通話料をむさ

ぼり取ろうという見え見えな多くの仕掛け。

仕事に関連しなければ絶対もたないこのような機械。ガキの仕掛けにはつばく

ろのように,一方向に目を背けるばかりだが,やはり中には大切な情報を集積し

たアプリケーションがあり,いやでもガキ専用の項目を無視できない状態となる

ときがある。。機械に弱い私は,意に反してそのガキ地域をまちがってボタンを

押してしまう時があり,非常にイライラする。着信音にしても、こちらの神経をイ

ライラさせる電子音のものが多い。こういう音でないと,渋谷の騒音の中では聞

こえないのであろうが,このこと自体,もう悲劇的なことである。あのチャカチャカ

した音を二重に聞き慣れた耳は,一体その先どういう音を求めるのだろうか。ま

たは,こういうことにこだわる僕が,神経質すぎるのか。どこに基準を置いていい

か分からなくなってくる。ちなみに僕は,絵文字というものが大嫌いである。メー

ルと言っても,これは手紙の一種なのだから,すべて文章で表せばいいじゃない

か。こんなことを言う僕はもうジジイなのか。

誰か、頼むから,大人用の携帯を作ってください。

某月某日

一時間前に,EWEの主催するJAZZ TODAYにおいて,BOZOで演奏して帰って

きたのだが,演奏があまりにも刺激的で,脳のシナプスが飛び交っているようで,

全然眠くならない。逆に,すぐ寝られるようだったら、演奏は無難にやり過ごした

という、ある意味内容がよくなかったことを示唆しているのかもしれない。ある

種の職業病だともいえるが,ドラムの音、ベース,サックスのフレーズを,一音も

もらず聞いて反応し,脳内も,普通の状態ではあるまい。面白いことに,わざと周

りの音とは関係ないプレイをすることがある。そういう時,ドラムやベースが音楽

の流れの一点に置いて,瞬間的にピタリとあう瞬間がある。これはプレイヤーに

於ける最大の喜びである。


と、脳を酷使して指先じゃんじゃん使った後,温かいミルクを呑んで行儀よく就

寝とはとてもじゃないが,無理である。悪いことに家事などなにも手につかない。

家の中を行ったり来たりしているのみである。大勢のお客様の前にいた数時間

前とは、当然ながら違う人間になっている。雑念だらけの,その雑念さえ答えを

導くことなく堂々巡りしているような,そんな状態だ。そしてあるとき瞬間的に眠

気が襲う。昨夜は午前4時過ぎで,朝-9時に目覚めてしまったが,脳内はあまり

快調とはいえない。まあ,毎度のことだが。

某月某日
いつまでも家にこもってネガティブなことを考えていてもしょうがないので,今日

は無理して外出することにした。だいたい,東京自体が騒音の渦なのだが,そん

なことをいっていてはいる場所がなくなってしまうので、まず土地勘のある新宿

へ行った。やはり騒音の渦だが,高校時代から来ている場所なので,どこがうる

さいかだいたい見当がつき,そのスジの通りは歩かないことにして,名目ともにふ

らついた。途中で,パンツ(ズボンだよ)と靴を買って、気分転換をはかることに

する。外見が違えば,脳の状態もそれなりに変化すると思ったからだ。まあ,今

日買ったものいだし、これからそれらを着たり掃いたりしないと気分の変化が分

からないので、まず買い物をしたという充実感をもつことにした。

消費によって快楽を得るのはキャピタリズムの基本だが,難しいことは考えず

に,僕もその上に乗っかって、楽しい思いをしようとしたまでだ。だが、やはり、買

い物とは際限ないものであり,いい演奏ができた直後の快感には,当たり前だが

劣る所がある。まあ、同じ快感を買い物で得ようというのが根本的な間違えだ

と思うが。とりあえず、家にこもって悶々としているのでないということでよいと

思うしかない。家に帰ってジョアン・ジルベルトのCDを聞いている。どんな状況

でも,どんな精神状態でも,ボサノバは最高だ。

某月某日
下記に書いたとおり,明け方目が覚めてからいまだ眠れない。体は疲れ,

寝たいという欲求があるのも確かだが,いかんせん眠くはならない。ただ頭が重

いのみ。こういうときはうつ状態になると相場は決まっている。頭の中で響く声

は,俺はすかたん,バカ,アホ、能無し,生きてる資格もない動物。あかんたれ、愚

民、と言ったようなことばかりである。自然,なにもする気がなく,頭を抱えて寝

ているだけ。その姿勢までも,僕のうつ状態を悪化させる。世の中に必要でない

人はいない,という言葉もよく聞くが,その言っている人は,世の中に必要とされて

いる場合が多い。そんな御託真っ正面から受け取るものか。ふん、あほらしい。

無能の人の僕は,世の中にコミットせず,死ぬまで生きるしかないんだろうなあと

思う。ああ不条理だ。

某月某日
最近明け方に目が覚めてしまうので往生している。早起きは三文の徳らしい

が,今の時代三文もらってもエビアンも買えまい。三文探して午前4時にうろつ

いたりすれば,おまわりさんに誰何されるに決まってる。徳をつむと言っても,明

け方僕が家の前の道にほうきをかけていたりすれば,ああ、M氏も狂ったなと思

われるのが関の山であろう。と言って,これが一番困ることだが,練習したり,家

事をやるというモードでもない。ああ,また目が覚めちゃった,という冴えた頭での

煩悶がはじまるだけである。こういう時間帯はよけいなことばかり考えてしまう

もので,その考えていることはすべてドンズマリだ。再度寝ようと思ってもこれも

何故かできない。かといってこのような日記を書いていることが正しいとも思え

ない。別に正しいことを探しているわけではないけれど。

これ以上何か書くことが何の意味も持たぬことに気づきだしたので,今日はここ

まで。

某月某日
最近,また悪い浪費癖が顔を出し,腕時計を買ってしまった。今まで愛用してき

たBAUME&MERCIERに不満があるわけではないのだが,ふと立ち寄った新宿

の時計店で目移りがしてしまった。ドイツのTUTIMAというところが作っている

腕時計に一発でまいってしまった。この時計は軍用として開発されたもので、

近代ではNATO軍も使っていたという優れものだ。しかし,腕につけてみるとや

たらと重い。ふと隣のショーケースを見ると,また別のかっこよさの時計がある

ので腕につけてみたら,ピタリときた。同じくドイツ製のSINNというところが作っ

ているもので,時計というより,見た目がコックピットの計測器に近く,TUTIMAを

買うのをやめにして,SINN MODEL103を購入。フランク・ミューラーのような遊

びはないが,黒革バンドの端正な文字盤が気に入った。これなら選ぶ服にも困

るまい。ベゼルのないタイプなので,一見クロノグラフにも見えない。

また僕の浮気性が出てしまった。

時間とは妙なものであって,哲学者から天文学者まで,その概念をああでもない

こうでもないいと議論して、この21世紀があるわけだが,大げさにいえば,腕時

計とは,一瞬一瞬オダブツになる僕の肉体を、逆に計測している機械である。

そして機械といっても自動巻なので,限りなくマニュアルに近い。オダブツにな

るその時までの計測は,気に入った腕時計とともに、ありたいものだ。クオーツ

などで数字で示されると,何か味気ない。自動巻であるから,もちろん定期的に

正しい時間に合わせる必要があるが,正確な時刻から少しずれてたってしょう

がないじゃないか。人間は千分の一秒単位では生きてはいまい。同時に,ちょっ

とした散財も、少し心の刺激となりうる。悪い浪費癖が再び鎌首をあげてこな

い前に、また現実にもどってコツコツと自分の音楽を作るのみである。

また、上記の二種類の時計に詳しい方で、情報をもっている方は,ご一報された

し。僕はただ感覚と気分によって時計を寄り好んでいるのみ。なぜかROLEXな

どにはいささかの興味もなし。



某月某日
今晩はほろ酔い気分で,なぜか日記を書くことにする。ずっと雨模様だったお天

気がだんだんと太陽が顔を出すようになり,ひじょうに喜ばしい。僕は,日本的い

じめと湿気の関係を、どなたか教育者がデータを取るべきであると思う。古来

から、台風,低気圧に見舞われてきたこのエビ反りの島国には,独特な習慣がで

きてしかるべきであろう。それが我々の祖先の作り出した絵や建築,気質までも

を決定してきたのではないか。しかし,「陰湿」と言う単語を,英語になおせと言われて

も,僕の中には「GLOOMY」という単語しか浮かんでこない。「GLOOMY」という単語で,我々

の国の陰湿さを表現するのは,不可能なのではないか。僕は透明感あふれる音楽がやりた

いのだ。日本の陰湿さを吹き飛ばすような,きれいな音,それもある意味で最も日本的な。

やはり,生まれる場所と国を間違えたかな。

某月某日
9月16日発売のCD,「ELEGY」EWCD0107,定価2500円でいまプロモーショ

ン中です。ご購入された方の感想など聞きたいものです。ライナーノートに書き

そびれましたが,これは今まである日本のジャズへのアンティテーゼでもありま

す。アジア人は,日本を含めお祭り騒ぎが好きなようです。そして,そのことを満

足させる為の音楽が,あまりにも多すぎます。僕はこの作品で,盛り上がらない

ことをまず念頭において制作しました。盛り上がるという言葉の正反対の抑う

つ状態である自分の本性を音に託したつもりです。アジア人は、日本人を含め,

お祭りが好きです。居酒屋などで一緒に呑んでいる相手の言葉が聞き取れな

いぐらいの周りの騒音に対して,僕はいつもめげていました。

これでCDのライナーで書けなかったことを披露しましたが,これは僕にとって,

本心です。

某月某日
毎日びしょびしょした雨模様で,やっと夏の湿気が抜けたかと思ったら,また寒

いのか暑いのか分からない季節が来て,往生している。こういう季節には,なぜ

ヨーロッパ人に生まれなかったのだと,心の中でじたんだを踏む。こういう、低気

圧だか高気圧だか,秋雨前線がだあたらこうたらの天気予報も,僕の心を暗く

し,抑うつ状態に陥るようになる。。作曲も練習もあったものではない。ただひた

すら乾燥した空気を望むのみだ。こういうときには,意外と食事が大切なことは

本能的に知っているので,今晩は、インチキンスープを作ることにする。少しレシ

ピを紹介すると,まず、鳥の手羽,胸肉、カネのゆるす限り大量に買う。あとは、

セロリ,タマネギ、人参、ジャガイモ、ブーケガルニ,ニンニク。まず鳥の肉をパッ

クからだして、鳥の手羽を,包丁とトンカチでばんばんくだき、何等分かにする。

胸肉はお好きな大きさに適当に分ける。後,鶏肉どもを器に入れて,一回洗浄。

これで無駄なアクや,血の気をとる。水をきったら、コショウと塩で下ごしらえ。そ

の間に,タマネギ一個とセロリ一本ををみじん切り。鍋にバターを投入。焦げな

いうちにニンニク一個をスライスしたものをいためる。きつね色になる前に,肉を

投入。皮の部分を少し焦がすように強火で焼く。後,タマネギとパセリを投入し

炒める。タマネギが透明になってきたら、水を注ぐ。これは、作りたい分の水を

そそぐが良い。ただ、水道水ではなく,ミネラルウオーターを使う。この部分に少

し贅沢しないと,味がテキメンに変わることは,筆者経験ずみ。水をひたすぐらい

い入れ,決して茹でることなく,コトコトと弱火にて二時間煮る。間合いを見てア

クをとる。その後,人参とジャガイモを一口大に切って,サラダ油で炒める。ここ

に塩と砂糖。いい香りがたったら、それらをスープの鍋に投入。後,マギーブイヨ

ン一個と、鶏ガラスープを大きめなスプーン二杯。ここがインチキンスープの

真骨頂である。本当は,鶏ガラから作るのが道理だけれども、それをやっている

と半日かかる。最後に塩コショウを入れ味付け。手羽先がグダグダとなり,二

時間煮込めば骨も柔らかい。あえて他になにも用意せず,スープのみをひたす

ら喰う。その内に,この湿気た世界をはね返すような,じっとりとした汗をかいてく

る。僕などは,バスタオルで全身を拭きながら喰う。

この季節がしのぎにくい方々、お試しあれ。
某月某日
なんだか今晩は寝そびれたようになって、自分で不眠症だということを自覚す

ると、なんだかいけない気がして午前5時頃まで起きていたのであるが、天変

地異の響き空は曇ったピンク色となって、雷まで鳴っている。ああこれが地球

終末の絵柄かと思っていたら、雷も雷雨も一時的ものだった。

なにがなんだかおっかなくてしゃあしない。天よ、我々を罰すするには、まだま

だ早すぎます。9月16発売の新譜、「ELEGY」の発売まで待ってください。

某月某日
やっとこの歳になって、スタンダードを、アレンジもせず演奏したいと感じられる                        

ようになってきた。どうした風の吹き回しなのだろう。特別アレンジもせず、その

場でイントロ、エンディングを決めてゆくという簡単な方法だ。もちろん、演奏

する前には、コード進行を少しいじったりするが、アレンジという領域まではいか

ない。

前会、中目黒の楽屋もこの方式で演奏した。メンバーにも満足しているという

事は、言わずもがなだが、何か本当の意味でのジャズ的ハプンイングを起こ

そうと思えば、あらかじめ前もって決めごとを作らない方がいいのではないか

と考えるようになってきた。また、考え方は変わっていくことはあるであろうが、

次の横浜でのトリオの仕事は、このセンで演奏しようと思っている。どうなること

やら。

某月某日

と書きながら、9/4、中目黒、楽屋に於いて、トリオで演奏します。当日宣伝し

てるバカさ加減は承知の上ですが、食べ物もおいしいので、ぜひおいで下さ

い。

某月某日
暑くて何も書けない。特に湿気に弱いので、夏休みというより、体が強制終了

してしまう。9月から大切な演奏が目白押しなのに、なかなかその練習にも着

手できない。セロトニンとノルアドレナリンが脳内で不足しているのであろう。

明日は代官山UNITに於いて菊地と演奏である。このUNITという場所、地下に

向かう階段が、意外に深く、楽屋は地下三階ぐらいの所にあり、まだまだ下に

階段は進んでいる。下手をすれば、東横線代官山から中目黒の路線より深い

かもしれない。畢竟おっかなくって僕は楽屋にあまりいない。なんらかの逼迫感

があるからだ。もしかしたら、閉所恐怖症なのかもしれない。お客さんはステー

ジまでの深さだから、どうか聴きにきてください。


某月某日

今日は暑くて何もかけない。


 某月某日

大阪に仕事で行った。「情熱大陸 SPECIAL LIVE SUMMER TIME 

    BONANZA'06」というイベントで、与世山澄子さんと共演するためだ。

ベーシストはビューティフルなミュージシャン、水谷浩章。誘ってくれた事

務所からの詳しい内容も読まないまま、只々新幹線朝6時50分発に乗り遅れ

ないようにすると心に留め置くことで精いっぱいの、帰国後の生活だった。

こういう仕事は、事務所の人などが、まわりの世話をしてくれるので、守る

のは時間だけだとも言い換えられる。


新幹線、変わりましたね。僕の子供のころは、ビュッフェという車両が真ん

中に挟まっていて、父親と、そこでぬるいカレーライスを食べながら、過ぎ

行く風景に、速いなあという思いと、学校で新幹線に乗ったことをどう自慢

するかということを考えていたことをふと思い出した。このように、新幹線

に乗ること自体がイベントだったのに、時代が過ぎれば、イベントに行くた

めに新幹線に乗っている。新幹線のデザインも大きく変わり、のぞみ号など

は、靴べらをくわえた鴨のような流線型であり、電車という言葉からかけ離

れた居住いだ。大阪着、毎日放送が主催するこのイベント、関係者がもう駅

に車で迎えに来ており、準尾万端で楽屋入り。ここから、僕らがどういう条

件でどういう仕事をするかということが、おぼろげに分かってきた。重複す

るが、与世山澄子さんと一緒にレコーディングしたCD,「INTERLUDE」を製

作したTUFF BEATからのオファーで、今回の仕事を得たわけだが、TUFF 

BEATから送られてきた時間表なり、ぜんぜん目を通していなかった。忙し

いのと暑さのためのぼけで、心の中で、6時50分東京駅、6時50分東京駅と

唱えているだけで精一杯だったのだ。楽屋入りするや否や、これは大規模な

イベントだなと、遅まきながら気付いた次第である。


TARO HAKASE ,ANGELA AKI,ORENGE PEKOE,GOSPE★RATS ,CHITOSE 

HAJIME etc,(敬称略のためローマ字表記、実際出演者にわたされたうちわに

もローマ字表記)。出演者を記すだけでも規模が想像できる。そしてなん

と、楽屋になっている建物の部屋から、ぼくの尊敬する芸術家、岡本太郎氏

の太陽の塔がよく見える。そう、ここは万国博覧会記念公園だったのだ。


10時半からのサウンドチェックを終えて、楽屋に戻る。演奏は4時半から。


長い時間楽屋で待たされることとなる。楽屋には、横におなれるソファーな

どあいにくないので、昼寝する気にもならない。こうなったら眼前にすっく

と建つ、太陽の塔を凝視するしかないではないか。見つめるうちに、両側に

生えている腕のような部分、見方を変えれば、三日月を縦に、胴体にずぶっ

と刺したと視ることもできる。太陽の塔の写真は、本などで多数見たが、や

はり現物の迫力は、万博以来失われていない。胴体にあるだんご鼻の顔、天

辺にそびえる金色の、ある種鳥獣的な爛漫さ。彫刻自体の高さを、メートル

で示すことがばかばかしくなる存在感。


などと窓の外を見ていたら雨が降ってきた。今日は野外公演、これからどう

なるのか。と思っていたら、我々が出演する一時間程前に雨がやんだ。3時

45分、舞台裏にあるテントでできた楽屋に移る。先ほど降った雨が、太陽の

熱気で地面からゆらゆらと立ちのぼりはじめて、歩くと足下がビヨンビヨン

しているような錯覚にとらわれる。地面は別に泥濘ではないにも拘らず、体

内の循環をつかさどるどこかの神経が麻痺してゆくような感覚。後、ホテル

の部屋でテレビの天気予想を見たら、大阪方面38℃とあった。畢竟テント張

りのステージ裏の楽屋は、40℃くらいあったのではないか。与世山さんは、

上品な布地でできた濃い紫色の衣装を凛として着こなし、この状況で出番を

待っておられる。ぼくもステージ衣装用に、スーツを持って行ったのだが、

これは与世山さんがこの姿である以上、着ざるをえない。


演奏開始。観客1万5千人強。この暑さに加えスポットライトが当った。与世

山さんはどういう条件でも与世山さんであり、真夏の炎天下、ぼくがCD、

「INTERLUDE」に書いた如く、エンジェルとなって、何かに取り憑かれたよ

うに、聴衆の時間軸をねじ曲げるような熱唱をする。ぼくも汗にぬれなが

ら、一心不乱に付いて行く。そのうち、憑いて行く、と書き表わした方が良

いような状態となる。ステキで楽しいそのサウンド。

また、あの暑さの中で、演奏を聞いてくれたお客さんにも感謝したい。

演奏終了後、舞台裏のテントの楽屋に戻り、スーツの上着を脱いだら、シャ

ツが汗で肥大していた。しかし,与世山さんと演奏することは、どんな条件

下であろうと、ぼくにとっては幸せの限りであり、このチャンスを創ってく

れた多くの人たちにお礼が述べたかった。


大阪中心部にあるホテルに帰り、ひと休みした後、ビッグタイマーらと打ち

上げに参加。CDで共演して以来、与世山さんとゆっくり話す機会がなかった

ので、彼女に、いろんな音楽や、演奏のことでゆっくりしゃべる時間があっ

た。それもまた至福のモーメントで、バークリーでは教えてくれない、しか

し、ミュージシャンとしてもっとも重要な核心の部分を、チャーミングな会

話から教わった。教わったと書いたが、学校で授業中教わったという意味で

の教わるではなく、ぼくの歳までミュージシャンをしているものには的確

な、そしてシャープな物語の数々。あまり敬服してしまっては、共演時にリ

ラックスできないとは知りつつも、やはり背筋を伸ばして聞くべき内容で

あったのだ。


打ち上げ後、水谷君と、大阪の夜のパトロールへ出かける。何回か、思いも

よらぬ事故に遭遇し、土地カンのないところをうろうろしてホテルに帰る。


翌朝、大阪駅から帰途。窓の外をじっと眺める。街、街、住宅地、住宅地、


郊外のマンション、すぽっといきなり廻りの家々から飛び出すように建てら

れたマンション、工場、工場、田んぼ、田んぼ、畑、畑、川、川、山、山。

工場、工場、何となく良く分からない場所、という我が国の構成のされ方。

それらの建物に重なるようにある山々、これはまるで、箱庭的だな、とふと

思った。まあ、大阪→東京のあいだの眺めだけだけれども。峻厳な山々も無

く、かといって他民族間で争いが起こるような雰囲気も無い。砂漠も無く荒

野も無く、しかし個性に欠けた、暗黙の批准という言葉が空気を支配してい

るような、きわめて盆栽的なわが国。善し悪しは別として、現実的な眺めが

そうあるわけなのだが、このままで本当にいいのだろうか。

東京駅着。大阪より涼しい。帰宅して午後就寝。疲れていたのだ。

一週間ほど前,銀座のスタジオにてトリオの録音をした。メンバーは,鈴木正人

(B),芳垣安洋(DS)。今回は,前回の「ELEGY」のようにストリングスが入ってい

ない掛け値なしのピアノトリオの録音だ。発売は今年秋頃を予定している。詳し

い情報は,追って,このウエッブにおいてお知らせしたいと思っている。スタジオに

て,久しぶりにスタインウエイを弾いた。ピアニストであるのに,なかなかこの楽

器にめぐりあえない。普段,場末のキャバレーのズベ公と、日夜の区別なくもの

すごく淫蕩な日々をすごすダメ男が,いきなり原節子から愛を告白されたよう

な、そんな段差がある楽器で,鍵盤のタッチ、サウンド,音色,アクセント,等など,

申し分なく自分のイメージしたとおりの音を出してくれる楽器だ。ピアノという楽

器は,名前のとおり,ピアノフォルテを十分表現できるもので,その醍醐味を久し

ぶりに味わったと思うのは,喜ばしいことなのか,悲しいことなのか。確実にいえ

ることは,また新たにピアノという楽器に対するイメージを録音を通じて学ばせ

てもらったという気分いっぱいである。

と、言いつつ,レコーディングのために家にこもってピアノばっかり弾いていたの

で,いざ本番が終わってみると,燃え尽き症候群のような精神状態になってき

て,最初に書いたように,ああ、太陽が明るくなってきたな。風が強いなといった

自然現象しか感知しなくなってしまった今日この頃である。ちょっとニュース等

を真剣に見ると,ロクなことは起っておらず、詳しく書かないけれども,まあ嫌に

なってくるだけだ。日本の政治は何でこうゴミなんだろう。


いや、春だ。ゴミなことを忘れさせてくれる春の力を信じようと思う。コンピュー

ターで桜の開花予測をし,それがはずれるなど,愉快でたまらない。咲いた時が

咲いた時じゃないか。日本の都市景観は類を見ないほど最悪だが,そこに桜が

咲いていると,何ともけなげに見えてくるから不思議である。今住んでいるとこ

ろから一番近い花見の場所は,M川沿いの桜並木だが,毎年夜桜を見に行って

いる。川沿いの店などが,屋外に椅子を置き,花見客を立ち止まらせようとして

いるのだが,僕はあまりそういうところには座らずに,川沿いに桜を見ながらうろう

ろする方が好きだ。そのあと酒が呑みたくなれば,川沿いからはなれた店で静

かに杯をかさねるのがよろしい。家に帰ってねそべりながら、坂口安吾の「桜の

森の満開の下」など読み返すと,またこれ格別である。お金もかからない。

さあ,今年の春、夏,秋、冬は何がおこるのであろうか。池田晶子さんも死んでし

まった。どうあれ、次回のCDが出るまで,考えの及ぶ限り,自分の音楽のことを

大切にしなければいけない。最も簡単な答えが,最も難しい。

某月某日
我が尊敬する哲学者,池田晶子さんが死んでしまった。ものすごくショックであ

る。彼女は僕と同じ1960年生まれで、年齢も46才と同い年だ。僕の好きな作

家は、すべて鬼籍にはいっており、彼女の書く文章は彼女より若い人、または

同年代、池田さんより歳をとったひとが、まじめに思索するに十分な内容であ

る。まだまだすごいことを書いてくれるという期待が僕の中にあった。そういう意

味で,池田さんの新刊が出るのを楽しみにしていたのに,癌によって池田さんは

他界された。悲しいのは,これより先,新刊は望めないということである。いずれ

にせよ、同い年の池田さんのことは、他人事とは思われない。今まで既刊の彼

女の書いた文章には全て目を通している。これまでの池田さんの文章を読んで

感じたことは,僕には明晰に考えられない大切なことを,池田さんの文章によっ

て知らされたということだ。このことは,僕に対して,大きな財産となり得ること

だった。池田さんは,死に対して,この世の不条理に対して,明確な理論的文章

を展開されている。この世の不純を書き表し、それらの一字一句が,少なくとも

僕の魂を動揺させるのに充分だった。だがしかし、もう新刊は,書き残ししか期

待できないだろう。何という悲劇であろうか。彼女のような人こそ,これからの日

本人を、内面的にリードし得る人だったと確信していたのに。これは僕の勝手な

思い込みかもしれないが、我々日本人は,真のオピニオンリーダーを亡くしてし

まったと思う。インターネットで知った情報だが,池田さんは、死ぬ間際まで文

章を書いていたということが多く語られている。僕が最近読んだ池田晶子氏の

本は,情報センター出版局の「残酷人生論」であった。未来を予見したようなタ

イトルではないか。この本でも,死ということが,実に明晰に記されていた。同い

年の僕よりも先に、その「死」を超えてしまった池田さんの胸中はいかばかりで

あったろうか。哲学的解釈をぬきに考えても,池田さんの安寧を望むまでだ。彼

女自身,著作の中で,死は存在しないと,何度も書いているけれど。

しかし、一方では,池田さんの安寧を望む反面,死ぬ直前まで書いていた文章

を読みたいというある意味下品な欲望も抑えきれない。こういうことを願うこと

自体、残酷人生論かもしれない。でもしかし読みたい。文筆家はこういう人生を

たどらなければならない宿命があるのかもしれない。などと、自分勝手な理由

をつけて,だけど読んでみたいのだ。たとえその行いが下品であろうとも。

池田さんは、本当に最後まで死を恐れなかったのだろうか。ここが、文筆家と

読者の残酷な関係の露出するところである。客観的に見れば,文筆業というの

は因果な商売といえよう。書いた本人が追いつめられたところを,追いつめられ

ていない頃の文章と照らし合わせたいという、それこさ、残酷な読者の

興味を倍増することであるから。不謹慎は百も承知で,池田晶子さんの新刊を

楽しみにしている僕は,はたして、サディストなのか。ええい、どうでもいい。池田

晶子さんがこの世に残した文章は,一字一句にいたるまで、熟読するつもりだ。

勝手な考え方かもしれないが、,それが彼女に対しての最大の供養となるであ

ろうと望みたい。

某月某日
またずっと日記を書かなかった。正月新年は深夜はピットインで演奏し,そのま

ま家に帰って寝たら,元日の夕暮れになっていた。年越しそばも,日本的新年の

お正月の行事をすべて放棄した静かな夕暮れ。そば屋も開いていまい。元日

の太陽も拝めなかった。しかしながら、いい気分である。気分はいいが,脳の気

分は悪い。正月という時期を無視したという浮遊感をもってして,寝床から起き

上がるも,これといってやることはない。腹が減ったが,僕は腹が減らないつもり

になるのがうまいので,そのまま連続して煙草を吸ったりしていると,夜になっ

た。初詣でも行こうかと思ったが,人ごみの中にいくのがいやでやめた。というこ

とで何にもすることがない。実家に帰る約束をしたのが3日だから、後一日寝

て過ごすことにした。池田晶子著「残酷人生論」を読んでいるとまた午前四時

ぐらいになった。どこも開いてないから散歩に行く気もせず,部屋の換気を定期

的にする意外なにもしなかった。さて3日の午後に,実家に新年の挨拶にいくこ

とになっていたが,行くこと自体もめんどくさくなってきた。なんだかんだ理由を

つけて3日の日も実家にいかなかった。実家にいけばそれ相応の食い物がある

だろうに,親戚が集まって,おめでとうございますなんて,なんだかアホ臭くて,寝

床に横になりながら,中島義道著「たまたま地上に僕は生まれた」を通読。この

手の本を読んでいる方が落ち着く。悪癖はすぐ身に付くもので,一月中深夜ま

で本を読み,起きるのが午後4時頃と、太陽の光を見ぬ一ヶ月が過ぎていっ

た。不健康きわまりないが,慣れるとそうでもない。なにもはつらつとして明るい

ばかりが人生ではない。食生活も滅茶苦茶。後でツケが回ってくるのだろうが

かまやしない。今までずいぶんとツケを払わされてきたから,次はなあに、てな

もんだ。

なんでこんなことができるのかと言えば,これといった仕事が無いせいであって,

ここまでくると,自分がピアニストなんだかなんだか,もうそんなことはどうでもよ

くなる。読書に飽きると,サングラスをかけ,新宿紀伊国屋書店に落語のCDを

買いに行く。僕の贔屓は春風亭柳朝だが、いかんせん記録が少ない。残念なこ

とである。もちろん古今亭志ん生、桂三木助,円生、金馬などなみいる名人も

僕のお気に入りで,ジャズなんてこれっぱかりも聞いていない。うまい落語家は

音楽と同じに,やはりグルーブしている。面白いな。

しかし2月となるとこんな生活をしているわけにはいかなくなる。さすがに、なに

か起さねばと,板のようになった背中をさすりながら,仕事をとり,3月のレコー

ディングの準備も始めなくてはならない。

ということで、最近名実共に,おそまきながら、起き上がった所である。
某月某日

東京フォーラムに於いて,ジョアン・ジルベルトのコンサートを聴きにいった。

あの音量で,大勢の客をテンションをキープするということは至難の技である。

ボサノバという音楽は実に不思議だ。この太陽系に地球という惑星があって、

今まで人類が歴史上どんな蛮行を繰り返してきても,その蛮行を大きく音楽で

包み込む奥深さが,ボサノバ,強いていえばジョアン・ジルベルトの音の中に散り

ばめられていた。そう,極端にいいえば,いずれ太陽の膨張で消え去る運命にあ

るこの地球で,地球の人類が作り出した,何をも包括する音楽、それがボサノバ

なのではないだろうか,いわんや,超未来の人類が、太陽に地球が呑み込まれ

る瞬間にトリステなんか聴いているなんていうのも、不思議にマッチしてしてし

まう音楽、これはボサノバ以外無いであろう。卑近のボサノバであっても,例え

ばイラクでの戦闘シーンに、現場の音をかき消してボサノバを流したら,逆にも

のすごくインパクトのある映像が撮れるのではないか。満員電車の風景にデサ

フィナードなど流せば,シニカルをとおりこした,何らかの残酷さとともに,どこか

客観的でシラケた効果が出ることは必須である。

例えば,爆弾テロがあった場所に映像とともにボサノバを流せば、人類の,意識

そのものが,大きく展開するのではないだろうか。人類がちょこまかと己の利益

や思惑で行ったり来たりしている。僕を含めて。だが,21世紀の映像にこそ,ボ

サノバは必要なサウンドであると思う。

御大75才、来年は来てくれるのだろうか。

某月某日
昨日,携帯の会社を改め,新しく某社の機種を手に入れた。機種変更に関して

は,今まで使っていた携帯電話にいろいろと問題があったから応じたのだが、そ

れを変更するまでの行程は詳しく書かないのがよかろう。一言そえれば,機種

変更に於いて、多大なすったもんだがあったとだけ記しておこう。今頭にきて

いることは,機種変更、その間のすったもんだ,店員の対応等の問題よりも,新し

く手にした携帯の機種の内容にある。僕が一番げっそりきたのは,その携帯電

話自身の内容の幼稚さである。とにかく、誰かが日本人を愚民化,もしくは文化

度ゼロに追いやろうとしているとしか思えないような機能がたくさんついてい

る。色もデザインもひどいという言葉をとおりこしたメールの背景画や、メール

の文字に付随するチーハク的絵文字。漫画やゲームなど、携帯一機には多す

ぎだろうと思われる下衆なサービス。無知なガキから、通信料、通話料をむさ

ぼり取ろうという見え見えな多くの仕掛け。

仕事に関連しなければ絶対もたないこのような機械。ガキの仕掛けにはつばく

ろのように,一方向に目を背けるばかりだが,やはり中には大切な情報を集積し

たアプリケーションがあり,いやでもガキ専用の項目を無視できない状態となる

ときがある。。機械に弱い私は,意に反してそのガキ地域をまちがってボタンを

押してしまう時があり,非常にイライラする。着信音にしても、こちらの神経をイ

ライラさせる電子音のものが多い。こういう音でないと,渋谷の騒音の中では聞

こえないのであろうが,このこと自体,もう悲劇的なことである。あのチャカチャカ

した音を二重に聞き慣れた耳は,一体その先どういう音を求めるのだろうか。ま

たは,こういうことにこだわる僕が,神経質すぎるのか。どこに基準を置いていい

か分からなくなってくる。ちなみに僕は,絵文字というものが大嫌いである。メー

ルと言っても,これは手紙の一種なのだから,すべて文章で表せばいいじゃない

か。こんなことを言う僕はもうジジイなのか。

誰か、頼むから,大人用の携帯を作ってください。

某月某日

一時間前に,EWEの主催するJAZZ TODAYにおいて,BOZOで演奏して帰って

きたのだが,演奏があまりにも刺激的で,脳のシナプスが飛び交っているようで,

全然眠くならない。逆に,すぐ寝られるようだったら、演奏は無難にやり過ごした

という、ある意味内容がよくなかったことを示唆しているのかもしれない。ある

種の職業病だともいえるが,ドラムの音、ベース,サックスのフレーズを,一音も

もらず聞いて反応し,脳内も,普通の状態ではあるまい。面白いことに,わざと周

りの音とは関係ないプレイをすることがある。そういう時,ドラムやベースが音楽

の流れの一点に置いて,瞬間的にピタリとあう瞬間がある。これはプレイヤーに

於ける最大の喜びである。


と、脳を酷使して指先じゃんじゃん使った後,温かいミルクを呑んで行儀よく就

寝とはとてもじゃないが,無理である。悪いことに家事などなにも手につかない。

家の中を行ったり来たりしているのみである。大勢のお客様の前にいた数時間

前とは、当然ながら違う人間になっている。雑念だらけの,その雑念さえ答えを

導くことなく堂々巡りしているような,そんな状態だ。そしてあるとき瞬間的に眠

気が襲う。昨夜は午前4時過ぎで,朝-9時に目覚めてしまったが,脳内はあまり

快調とはいえない。まあ,毎度のことだが。

某月某日
いつまでも家にこもってネガティブなことを考えていてもしょうがないので,今日

は無理して外出することにした。だいたい,東京自体が騒音の渦なのだが,そん

なことをいっていてはいる場所がなくなってしまうので、まず土地勘のある新宿

へ行った。やはり騒音の渦だが,高校時代から来ている場所なので,どこがうる

さいかだいたい見当がつき,そのスジの通りは歩かないことにして,名目ともにふ

らついた。途中で,パンツ(ズボンだよ)と靴を買って、気分転換をはかることに

する。外見が違えば,脳の状態もそれなりに変化すると思ったからだ。まあ,今

日買ったものいだし、これからそれらを着たり掃いたりしないと気分の変化が分

からないので、まず買い物をしたという充実感をもつことにした。

消費によって快楽を得るのはキャピタリズムの基本だが,難しいことは考えず

に,僕もその上に乗っかって、楽しい思いをしようとしたまでだ。だが、やはり、買

い物とは際限ないものであり,いい演奏ができた直後の快感には,当たり前だが

劣る所がある。まあ、同じ快感を買い物で得ようというのが根本的な間違えだ

と思うが。とりあえず、家にこもって悶々としているのでないということでよいと

思うしかない。家に帰ってジョアン・ジルベルトのCDを聞いている。どんな状況

でも,どんな精神状態でも,ボサノバは最高だ。

某月某日
下記に書いたとおり,明け方目が覚めてからいまだ眠れない。体は疲れ,

寝たいという欲求があるのも確かだが,いかんせん眠くはならない。ただ頭が重

いのみ。こういうときはうつ状態になると相場は決まっている。頭の中で響く声

は,俺はすかたん,バカ,アホ、能無し,生きてる資格もない動物。あかんたれ、愚

民、と言ったようなことばかりである。自然,なにもする気がなく,頭を抱えて寝

ているだけ。その姿勢までも,僕のうつ状態を悪化させる。世の中に必要でない

人はいない,という言葉もよく聞くが,その言っている人は,世の中に必要とされて

いる場合が多い。そんな御託真っ正面から受け取るものか。ふん、あほらしい。

無能の人の僕は,世の中にコミットせず,死ぬまで生きるしかないんだろうなあと

思う。ああ不条理だ。

某月某日
最近明け方に目が覚めてしまうので往生している。早起きは三文の徳らしい

が,今の時代三文もらってもエビアンも買えまい。三文探して午前4時にうろつ

いたりすれば,おまわりさんに誰何されるに決まってる。徳をつむと言っても,明

け方僕が家の前の道にほうきをかけていたりすれば,ああ、M氏も狂ったなと思

われるのが関の山であろう。と言って,これが一番困ることだが,練習したり,家

事をやるというモードでもない。ああ,また目が覚めちゃった,という冴えた頭での

煩悶がはじまるだけである。こういう時間帯はよけいなことばかり考えてしまう

もので,その考えていることはすべてドンズマリだ。再度寝ようと思ってもこれも

何故かできない。かといってこのような日記を書いていることが正しいとも思え

ない。別に正しいことを探しているわけではないけれど。

これ以上何か書くことが何の意味も持たぬことに気づきだしたので,今日はここ

まで。

某月某日
最近,また悪い浪費癖が顔を出し,腕時計を買ってしまった。今まで愛用してき

たBAUME&MERCIERに不満があるわけではないのだが,ふと立ち寄った新宿

の時計店で目移りがしてしまった。ドイツのTUTIMAというところが作っている

腕時計に一発でまいってしまった。この時計は軍用として開発されたもので、

近代ではNATO軍も使っていたという優れものだ。しかし,腕につけてみるとや

たらと重い。ふと隣のショーケースを見ると,また別のかっこよさの時計がある

ので腕につけてみたら,ピタリときた。同じくドイツ製のSINNというところが作っ

ているもので,時計というより,見た目がコックピットの計測器に近く,TUTIMAを

買うのをやめにして,SINN MODEL103を購入。フランク・ミューラーのような遊

びはないが,黒革バンドの端正な文字盤が気に入った。これなら選ぶ服にも困

るまい。ベゼルのないタイプなので,一見クロノグラフにも見えない。

また僕の浮気性が出てしまった。

時間とは妙なものであって,哲学者から天文学者まで,その概念をああでもない

こうでもないいと議論して、この21世紀があるわけだが,大げさにいえば,腕時

計とは,一瞬一瞬オダブツになる僕の肉体を、逆に計測している機械である。

そして機械といっても自動巻なので,限りなくマニュアルに近い。オダブツにな

るその時までの計測は,気に入った腕時計とともに、ありたいものだ。クオーツ

などで数字で示されると,何か味気ない。自動巻であるから,もちろん定期的に

正しい時間に合わせる必要があるが,正確な時刻から少しずれてたってしょう

がないじゃないか。人間は千分の一秒単位では生きてはいまい。同時に,ちょっ

とした散財も、少し心の刺激となりうる。悪い浪費癖が再び鎌首をあげてこな

い前に、また現実にもどってコツコツと自分の音楽を作るのみである。

また、上記の二種類の時計に詳しい方で、情報をもっている方は,ご一報された

し。僕はただ感覚と気分によって時計を寄り好んでいるのみ。なぜかROLEXな

どにはいささかの興味もなし。



某月某日
今晩はほろ酔い気分で,なぜか日記を書くことにする。ずっと雨模様だったお天

気がだんだんと太陽が顔を出すようになり,ひじょうに喜ばしい。僕は,日本的い

じめと湿気の関係を、どなたか教育者がデータを取るべきであると思う。古来

から、台風,低気圧に見舞われてきたこのエビ反りの島国には,独特な習慣がで

きてしかるべきであろう。それが我々の祖先の作り出した絵や建築,気質までも

を決定してきたのではないか。しかし,「陰湿」と言う単語を,英語になおせと言われて

も,僕の中には「GLOOMY」という単語しか浮かんでこない。「GLOOMY」という単語で,我々

の国の陰湿さを表現するのは,不可能なのではないか。僕は透明感あふれる音楽がやりた

いのだ。日本の陰湿さを吹き飛ばすような,きれいな音,それもある意味で最も日本的な。

やはり,生まれる場所と国を間違えたかな。

某月某日
9月16日発売のCD,「ELEGY」EWCD0107,定価2500円でいまプロモーショ

ン中です。ご購入された方の感想など聞きたいものです。ライナーノートに書き

そびれましたが,これは今まである日本のジャズへのアンティテーゼでもありま

す。アジア人は,日本を含めお祭り騒ぎが好きなようです。そして,そのことを満

足させる為の音楽が,あまりにも多すぎます。僕はこの作品で,盛り上がらない

ことをまず念頭において制作しました。盛り上がるという言葉の正反対の抑う

つ状態である自分の本性を音に託したつもりです。アジア人は、日本人を含め,

お祭りが好きです。居酒屋などで一緒に呑んでいる相手の言葉が聞き取れな

いぐらいの周りの騒音に対して,僕はいつもめげていました。

これでCDのライナーで書けなかったことを披露しましたが,これは僕にとって,

本心です。

某月某日
毎日びしょびしょした雨模様で,やっと夏の湿気が抜けたかと思ったら,また寒

いのか暑いのか分からない季節が来て,往生している。こういう季節には,なぜ

ヨーロッパ人に生まれなかったのだと,心の中でじたんだを踏む。こういう、低気

圧だか高気圧だか,秋雨前線がだあたらこうたらの天気予報も,僕の心を暗く

し,抑うつ状態に陥るようになる。。作曲も練習もあったものではない。ただひた

すら乾燥した空気を望むのみだ。こういうときには,意外と食事が大切なことは

本能的に知っているので,今晩は、インチキンスープを作ることにする。少しレシ

ピを紹介すると,まず、鳥の手羽,胸肉、カネのゆるす限り大量に買う。あとは、

セロリ,タマネギ、人参、ジャガイモ、ブーケガルニ,ニンニク。まず鳥の肉をパッ

クからだして、鳥の手羽を,包丁とトンカチでばんばんくだき、何等分かにする。

胸肉はお好きな大きさに適当に分ける。後,鶏肉どもを器に入れて,一回洗浄。

これで無駄なアクや,血の気をとる。水をきったら、コショウと塩で下ごしらえ。そ

の間に,タマネギ一個とセロリ一本ををみじん切り。鍋にバターを投入。焦げな

いうちにニンニク一個をスライスしたものをいためる。きつね色になる前に,肉を

投入。皮の部分を少し焦がすように強火で焼く。後,タマネギとパセリを投入し

炒める。タマネギが透明になってきたら、水を注ぐ。これは、作りたい分の水を

そそぐが良い。ただ、水道水ではなく,ミネラルウオーターを使う。この部分に少

し贅沢しないと,味がテキメンに変わることは,筆者経験ずみ。水をひたすぐらい

い入れ,決して茹でることなく,コトコトと弱火にて二時間煮る。間合いを見てア

クをとる。その後,人参とジャガイモを一口大に切って,サラダ油で炒める。ここ

に塩と砂糖。いい香りがたったら、それらをスープの鍋に投入。後,マギーブイヨ

ン一個と、鶏ガラスープを大きめなスプーン二杯。ここがインチキンスープの

真骨頂である。本当は,鶏ガラから作るのが道理だけれども、それをやっている

と半日かかる。最後に塩コショウを入れ味付け。手羽先がグダグダとなり,二

時間煮込めば骨も柔らかい。あえて他になにも用意せず,スープのみをひたす

ら喰う。その内に,この湿気た世界をはね返すような,じっとりとした汗をかいてく

る。僕などは,バスタオルで全身を拭きながら喰う。

この季節がしのぎにくい方々、お試しあれ。
某月某日
なんだか今晩は寝そびれたようになって、自分で不眠症だということを自覚す

ると、なんだかいけない気がして午前5時頃まで起きていたのであるが、天変

地異の響き空は曇ったピンク色となって、雷まで鳴っている。ああこれが地球

終末の絵柄かと思っていたら、雷も雷雨も一時的ものだった。

なにがなんだかおっかなくてしゃあしない。天よ、我々を罰すするには、まだま

だ早すぎます。9月16発売の新譜、「ELEGY」の発売まで待ってください。

某月某日
やっとこの歳になって、スタンダードを、アレンジもせず演奏したいと感じられる                        

ようになってきた。どうした風の吹き回しなのだろう。特別アレンジもせず、その

場でイントロ、エンディングを決めてゆくという簡単な方法だ。もちろん、演奏

する前には、コード進行を少しいじったりするが、アレンジという領域まではいか

ない。

前会、中目黒の楽屋もこの方式で演奏した。メンバーにも満足しているという

事は、言わずもがなだが、何か本当の意味でのジャズ的ハプンイングを起こ

そうと思えば、あらかじめ前もって決めごとを作らない方がいいのではないか

と考えるようになってきた。また、考え方は変わっていくことはあるであろうが、

次の横浜でのトリオの仕事は、このセンで演奏しようと思っている。どうなること

やら。

某月某日

と書きながら、9/4、中目黒、楽屋に於いて、トリオで演奏します。当日宣伝し

てるバカさ加減は承知の上ですが、食べ物もおいしいので、ぜひおいで下さ

い。

某月某日
暑くて何も書けない。特に湿気に弱いので、夏休みというより、体が強制終了

してしまう。9月から大切な演奏が目白押しなのに、なかなかその練習にも着

手できない。セロトニンとノルアドレナリンが脳内で不足しているのであろう。

明日は代官山UNITに於いて菊地と演奏である。このUNITという場所、地下に

向かう階段が、意外に深く、楽屋は地下三階ぐらいの所にあり、まだまだ下に

階段は進んでいる。下手をすれば、東横線代官山から中目黒の路線より深い

かもしれない。畢竟おっかなくって僕は楽屋にあまりいない。なんらかの逼迫感

があるからだ。もしかしたら、閉所恐怖症なのかもしれない。お客さんはステー

ジまでの深さだから、どうか聴きにきてください。


某月某日

今日は暑くて何もかけない。


 某月某日

大阪に仕事で行った。「情熱大陸 SPECIAL LIVE SUMMER TIME 

    BONANZA'06」というイベントで、与世山澄子さんと共演するためだ。

ベーシストはビューティフルなミュージシャン、水谷浩章。誘ってくれた事

務所からの詳しい内容も読まないまま、只々新幹線朝6時50分発に乗り遅れ

ないようにすると心に留め置くことで精いっぱいの、帰国後の生活だった。

こういう仕事は、事務所の人などが、まわりの世話をしてくれるので、守る

のは時間だけだとも言い換えられる。


新幹線、変わりましたね。僕の子供のころは、ビュッフェという車両が真ん

中に挟まっていて、父親と、そこでぬるいカレーライスを食べながら、過ぎ

行く風景に、速いなあという思いと、学校で新幹線に乗ったことをどう自慢

するかということを考えていたことをふと思い出した。このように、新幹線

に乗ること自体がイベントだったのに、時代が過ぎれば、イベントに行くた

めに新幹線に乗っている。新幹線のデザインも大きく変わり、のぞみ号など

は、靴べらをくわえた鴨のような流線型であり、電車という言葉からかけ離

れた居住いだ。大阪着、毎日放送が主催するこのイベント、関係者がもう駅

に車で迎えに来ており、準尾万端で楽屋入り。ここから、僕らがどういう条

件でどういう仕事をするかということが、おぼろげに分かってきた。重複す

るが、与世山澄子さんと一緒にレコーディングしたCD,「INTERLUDE」を製

作したTUFF BEATからのオファーで、今回の仕事を得たわけだが、TUFF 

BEATから送られてきた時間表なり、ぜんぜん目を通していなかった。忙し

いのと暑さのためのぼけで、心の中で、6時50分東京駅、6時50分東京駅と

唱えているだけで精一杯だったのだ。楽屋入りするや否や、これは大規模な

イベントだなと、遅まきながら気付いた次第である。


TARO HAKASE ,ANGELA AKI,ORENGE PEKOE,GOSPE★RATS ,CHITOSE 

HAJIME etc,(敬称略のためローマ字表記、実際出演者にわたされたうちわに

もローマ字表記)。出演者を記すだけでも規模が想像できる。そしてなん

と、楽屋になっている建物の部屋から、ぼくの尊敬する芸術家、岡本太郎氏

の太陽の塔がよく見える。そう、ここは万国博覧会記念公園だったのだ。


10時半からのサウンドチェックを終えて、楽屋に戻る。演奏は4時半から。


長い時間楽屋で待たされることとなる。楽屋には、横におなれるソファーな

どあいにくないので、昼寝する気にもならない。こうなったら眼前にすっく

と建つ、太陽の塔を凝視するしかないではないか。見つめるうちに、両側に

生えている腕のような部分、見方を変えれば、三日月を縦に、胴体にずぶっ

と刺したと視ることもできる。太陽の塔の写真は、本などで多数見たが、や

はり現物の迫力は、万博以来失われていない。胴体にあるだんご鼻の顔、天

辺にそびえる金色の、ある種鳥獣的な爛漫さ。彫刻自体の高さを、メートル

で示すことがばかばかしくなる存在感。


などと窓の外を見ていたら雨が降ってきた。今日は野外公演、これからどう

なるのか。と思っていたら、我々が出演する一時間程前に雨がやんだ。3時

45分、舞台裏にあるテントでできた楽屋に移る。先ほど降った雨が、太陽の

熱気で地面からゆらゆらと立ちのぼりはじめて、歩くと足下がビヨンビヨン

しているような錯覚にとらわれる。地面は別に泥濘ではないにも拘らず、体

内の循環をつかさどるどこかの神経が麻痺してゆくような感覚。後、ホテル

の部屋でテレビの天気予想を見たら、大阪方面38℃とあった。畢竟テント張

りのステージ裏の楽屋は、40℃くらいあったのではないか。与世山さんは、

上品な布地でできた濃い紫色の衣装を凛として着こなし、この状況で出番を

待っておられる。ぼくもステージ衣装用に、スーツを持って行ったのだが、

これは与世山さんがこの姿である以上、着ざるをえない。


演奏開始。観客1万5千人強。この暑さに加えスポットライトが当った。与世

山さんはどういう条件でも与世山さんであり、真夏の炎天下、ぼくがCD、

「INTERLUDE」に書いた如く、エンジェルとなって、何かに取り憑かれたよ

うに、聴衆の時間軸をねじ曲げるような熱唱をする。ぼくも汗にぬれなが

ら、一心不乱に付いて行く。そのうち、憑いて行く、と書き表わした方が良

いような状態となる。ステキで楽しいそのサウンド。

また、あの暑さの中で、演奏を聞いてくれたお客さんにも感謝したい。

演奏終了後、舞台裏のテントの楽屋に戻り、スーツの上着を脱いだら、シャ

ツが汗で肥大していた。しかし,与世山さんと演奏することは、どんな条件

下であろうと、ぼくにとっては幸せの限りであり、このチャンスを創ってく

れた多くの人たちにお礼が述べたかった。


大阪中心部にあるホテルに帰り、ひと休みした後、ビッグタイマーらと打ち

上げに参加。CDで共演して以来、与世山さんとゆっくり話す機会がなかった

ので、彼女に、いろんな音楽や、演奏のことでゆっくりしゃべる時間があっ

た。それもまた至福のモーメントで、バークリーでは教えてくれない、しか

し、ミュージシャンとしてもっとも重要な核心の部分を、チャーミングな会

話から教わった。教わったと書いたが、学校で授業中教わったという意味で

の教わるではなく、ぼくの歳までミュージシャンをしているものには的確

な、そしてシャープな物語の数々。あまり敬服してしまっては、共演時にリ

ラックスできないとは知りつつも、やはり背筋を伸ばして聞くべき内容で

あったのだ。


打ち上げ後、水谷君と、大阪の夜のパトロールへ出かける。何回か、思いも

よらぬ事故に遭遇し、土地カンのないところをうろうろしてホテルに帰る。


翌朝、大阪駅から帰途。窓の外をじっと眺める。街、街、住宅地、住宅地、


郊外のマンション、すぽっといきなり廻りの家々から飛び出すように建てら

れたマンション、工場、工場、田んぼ、田んぼ、畑、畑、川、川、山、山。

工場、工場、何となく良く分からない場所、という我が国の構成のされ方。

それらの建物に重なるようにある山々、これはまるで、箱庭的だな、とふと

思った。まあ、大阪→東京のあいだの眺めだけだけれども。峻厳な山々も無

く、かといって他民族間で争いが起こるような雰囲気も無い。砂漠も無く荒

野も無く、しかし個性に欠けた、暗黙の批准という言葉が空気を支配してい

るような、きわめて盆栽的なわが国。善し悪しは別として、現実的な眺めが

そうあるわけなのだが、このままで本当にいいのだろうか。

東京駅着。大阪より涼しい。帰宅して午後就寝。疲れていたのだ。