Read the diary backnumber
某月某日 いやはや、また日記を書く間が空いてしまった。本日は、渋谷の公園通りクラシックにてBOZOにて演奏。演奏中あまりにも汗をかくので、家に帰れば半裸状態。こんなに暑くとも、演奏はできるが、頭が動かない。推理力、計画性、先見性、雑用に於ける優先順位、暑さのせいで、全てだめである。暑いのはあなただけじゃありませんと言われても、ああそうですか、と答えるのが精一杯の状態ということである。つまりそれ以上の言葉が頭に浮かんでこない。夜中になると、隣りの敷地の木々に潜む蝉どもが、急に鳴き出して、僕は泣きたくなる。あの昆虫は、いかような生態系の仕組みによって、夜中に鳴くのであろうか。僕は根っからの昆虫嫌いで、カブトムシとゴキブリの違いが分からぬ。双方茶色く不気味な手足をもち、触覚の動きも不気味である。どこに違いがあるのだろう。この場所に引っ越した年に、あまりにもゴキブリが出るので、タンスの奥から洗面台の奥迄、ガムテープによって目張りをしたので、最近はゴキブリが屋内に出現する機会は減ったが、油断すると、何が起こるか分からない。僕が子供の頃の夏というものは、もっと悠長で、蚊取り線香を炊き、両親とも浴衣姿で、ゆっくり団扇で子供の僕を扇いでくれていた記憶しかないが、ここ迄暑いと、世の中殺伐としてくる。実際、都内だけでも熱中症で死人が100人以上ということは、あの世に行かずともこの世は地獄ということであって、だがそれでも世の中は動いている。僕はエコというものを軽視しているので、クーラーの温度は19度である。そうでないと、原稿が書けぬ。仕事ができぬ。練習も作曲も手につかぬ。本当にエコを論じるなら、車の販売をやめればいいのである。地球上から人間皆いなくなればいいのである。だがそうはいかないから、手を替え品を替え、なんだかんだエコという言葉を用いて、皆メシの種を捻出しているにすぎない。外国かぶれと言えば言え。デンマークでは、ビールは皆ボトルに入っており、回収してまた売り出している。こういう智慧をはたらかすことのなき日本は、銭の為、儲かるということのことだけの為に遅かれ早かれ大きなしっぺ返しを食らうだろう。大酒呑みが、いずれぶっ倒れるのと同じ理屈である。パキスタンでものすごい洪水があろうとも、六本木の街は健在である。僕を含めて人ごとであるし、個人の力でいったい何ができるのか。しかし明日は我が身である。とてつもない地震が東京を襲えば、全て水泡に帰す。世の中どうもそういう風に出来上がっているようである。良い音楽を演奏して、人々を喜ばせることができるうちがハナである。ああしんど。 某月某日 あつい。暑い。厚い。アツイ。熱い。日本語は豊穣なれど、この暑さを表現する言葉は見つかるまい。なにしろ現代のこの暑さは、万葉集にも、また何らかの古典にも 形容されていない暑さだろうからである。昨日、渋谷に小用あり、午後、最も太陽がギラギラの時間に出かけたが、大げさな話、被爆するのと同じ状態ではないかと思った程だった。この尋常ならぬ世の中は、四季の面でもエスカレートして行き、今に何かの破滅が少しずつ近づいている、と思わせるような暑さであった。 話は変わって、この日記は、僕の音楽活動等の宣伝にも有効な手段として使うつもりだったが、なぜだか、大変に重要な事項を多分五月末から載せていなかったようだ。 暑さも、音楽活動も、各自それぞれ大変なのであろうから、僕だけの問題ではない。要するに、僕の怠慢、だらしなさが、今回のこの日記の空いた期間を象徴しているようで、まことに情けない。この日記に書かねばならない伝達事項はたくさんあったのだ。まずAIRPLANE-LEBEL「http://www.airplanelabel.com/ 」より我がGO THERE ! の新譜が7月6日に発売された。タイトルは、「FROM ME TO ME」,実に七年ぶりの録音である。七年もあれば、曲もたまる。逆に、何の曲をCDにて演奏するのに迷ったほどだ。また同日に、「黒鍵と白鍵の間に」(小学館刊)が、文庫本として発売されることとなった。僥倖です。GO THERE!の新譜の方は、録音スタジオのスタインウエイが見目麗しく、ある時はグロリア・スワンソン、またある時はオードリー・ヘップバーン、またある時は、ウッディ・アレンの映画出演当時のダイアン・キートンのようなサウンドのするピアノで、演奏を大いに楽しめた。文庫版の本の方は、お手頃値段で買いやすくなり、より多くの人に読んでもらえるようになった気がする。とにかく双方とも、あとがき、ライナーノートが充実している。まあ、後宣伝としては、U-TUBEに、先日行った代官山のクラブ、「晴れたら空に豆まいて」での実況中継がアップされています。よろしければhttp://www.youtube.com/watch?v=Yep0s1tJA_g まで。 重複するが、とにかく今までこの場をかりて宣伝しなければならないものが沢山あったのにも関わらず、己の怠慢から何も書かなかった。にもかかわらず、本のトークイヴェント等の宣伝もしていなかったが、各所満杯で、嬉しい限りであった文庫本と新しいCD,どうかよろしくお願いいたします。また、EN-TAXIに加え、LITTLE MORE広場「http://www.littlemore.co.jp/hiroba/jazz」において、小文を載せていますので、よろしくお願いします。暑さがすぎたら、マトモな文章書きます。失敬。 某月某日  コンピューターのない日々、またその後。なんと自分の誕生日の朝、Macに電源を入れたら?マ        ークしか映らなくなる。すばらしい誕生部プレゼント。ブラボー!まったく機械音痴のオレらしい誕生日の朝じゃないか。サポートセンターにカネがかからないように様子を聞けば、回収して修理した方が早いとの事。翌日、クロネコヤマトがやってきて僕のMacを回収していった。Macを置いてあった机がなんだか間抜けな感じ。僕は朝起きると、まずメールチェックをする事を習慣としてきたが、そのお道具が無くなれば無くなったで、それが本当に習慣と言えるものかどうか疑問に思ってきた。あんなもん無くても、何とかなると思えば何とかなる。重要な仕事の連絡をかわす相手には、こちらの携帯のメールアドレスを知らせてあるし、文筆の方の仕事も、やたら文字数が多くなければ、書く文字数のみファックスで原稿を送ってもらい、久々にハンドライティングにて文章を書き、再度送り返せばよいのである。アハハハハ、なんだかすっきりした。てな感じが最初の週の僕の気分だったが、そうだ待てよ、ピアノの生徒をコンピューターを通して募集していたんだと気づいたのが一週間を過ぎた後。しかも、一日だいたい200通ほどくるジャンクメール、なおるのに幾日かかるか知らねども、10日かかれば2000通、それ以上の日数だったらそれ以上のジャンクが、どこかプロバイダーと僕のMacを結んでいるラインの中で今か今かとオシクラマンジュウをしているのかと思うと、気が重くなってきた。それで、あまり冷静になってはおれなくなり、いつ頃なおるのかをMac、コールセンターに聞いてみたところ、要領を得ない返事が返ってくるばかり。こうなれば、世界の終わりではないのだからという気持ちになり、コンピューターのことは忘れ、日々を送った。 5月25日、ちょうど10日目に我がMacは再度クロネコの配達により戻ってきた。修理代ウン万円なり。早速電源を入れスイッチを押してみると、さにあらん、見知らぬアイコンがたくさんあり、僕の見慣れたアイコンは、半分以上無くなっていた。文筆上大切な文章はUSBに保管していたからよかったものの、ほかの書きかけのもの、メールドレスなどが全て消えていた。こういう機械の修理というものは、車の修理とは違うのだなと改めて思い知らされた次第。文筆業に使っているWORDもきれいに無くなっていた為、渋谷のMacストアーに赴いた。量販電気店と同じく、僕はMacのストアーも、音がうるさくて、店員の言葉がよく聞こえぬ。とにかく、新しいマウスとWORDのCDRを買い、速攻で店を出た。なんだか新しい製品がわんさかあったが、それぞれの商品の質問をする気には到底なれなかった。小さい音で、ヴィバルディーなどの音楽をかけていれば、落ちついて店員に質問を出来たのだろうが、何やら高音域がシャリシャリする音しか聞こえないから、僕の滞空時間ならぬ滞店時間は、自然と短くなる。金を払う身で、耳を悪くしてどうするのだというのが、こちらの言い分である。 WORDをインスツールし、さてと思いきや、Macと光フレッツがつながっていない。電話の子機で、プロヴァイダーに電話し、説明を聞いていたら、子機の電池が無くなった。調度本題に入るべき会話の最中である。携帯にてかけなおしたが、僕の機種では、コンピューターの前は電波が入ったり入らなかったりし、一番大切な説明の段階になったところで電波がぷつっと消える。この、説明が大切な局面になる、電波がぷつっときえる、という状態が何度も続く。先方のプロヴァイダーのトラブルシューターが一人だったからよかったようなものの、何人かいれば、また話を振り出しに戻さなければならないところであった。とにかく、さすがの僕も段々イライラしてきて、機関銃でも手元にあったら、ランボーのようにそこいら中にぶっ放したい気分であったが、その弾がMacにあたれば再度フリダシに戻る。いいですか。オレはジャズピアニストなんですよ。なんでこんなファ×キンな状況で修復作業を行わなければならないんですか、という、サブリミナルな僕のブレインからの問いかけをあやしごまかし聞く振りをせず、根気よく携帯をかけなおしつつ、やっとサファリにヤフーなどが映るところまでこぎつけた。 早速メールをチェックしてみたら、なんと四千をこす着信があるではないか。どうせほとんどは、ポルノサイト、バイアグラ買うか、などの迷惑なもの、文字化けしてよく分からんもの、月十万の副収入云々カンヌンの羅列に決まっている。僕の予想はあたり、大切なメールをキープしつつ、四千与のメールを消す作業で目が疲れきった。 さてこれから、大切なメールに返事を書こうと、大切な用件を送信しようとしたら、その紙飛行機みたいな絵の書いてある送信ボタンがうんともすんともいわぬ。深い溜め息と共に、アップルコールセンターに長時間電話をつなぐ方策を考える事とす。携帯は電波の関係ですぐ切れる。電話の親機とMacの間を行ったり来たりするのも漫画みたいだ。そこでまず子機をMacの横の電源につなげ、電話自体を充電器にのせたまま、ためつすがめついじっていたら、なんとこの子機、充電器の台に乗せたまま通話ボタンを押すと、プーという。もしやこのままで電話をかけられるのではないか、それも電池切れを気にせずとも。問題は相手の声、自分の声が、このままの状態で聞こえるかという事だったが、思い切って、0120―○×云々にかけてみた。電子のネイチャン声にしたがってボタンを押していったら、「まずお名前をお聞かせください。」という声が、どこにスピーカーがあるのか、クリアーに聞こえる。「あーもしもし、聞こえますか。」「はい聞こえます。」これじゃあ、まるでエジソンだかベルだか電話の発明者の名は知らぬが、そういった発明者の最初の交信のようではないか。ともかく、トランシーバー化した子機によって、先方の説明する事を順次こなしていった。「えーメールの環境設定の何々がですねえ、どういう風になっていますか」「あーなんだか長いアルファベットが書いてあります」「読んでいただけますか」「先ほど申し上げた僕のメールアドレス、mynameとあります。マイネーム、ミナミと読めるでしょう」「確認させていただきます」「何を」「モンスターのm,ヤングのy、、、、、、、、、、、、」 段々小便がしたくなってきた。しかし今子機トランシーバーの前からはなれるのはまずい。 「では、何々をこう押して、長押しして下さいね、云々カンヌン、、、、、、、、、、」 色々試したが、結局うまく行かない。「お客様、それではこれから、別の者の担当となります。ここからは料金がかかるのですが、後は直す方法を郵送で、、、、、、、」「いくらかかってもいいから早くなんとかしてくれ」「はい、では電話を別のラインにつなぎます」 まあこのようなスッタモンダの末、着信送信が出来るようになったが、電話を切った僕は、なんだかすごく疲れていて、送信は次の日とし、Macの電源を切った。文筆において、コンピューターと長時間対峙している事は何の苦もないが、こういう修理に関することで、この機械と対峙していると、どうも神経がまいる。 という事で、皆さん、また日記を書けるようになりました。毎日書いてないじゃないかと言われればその通りでございますが、これからもどうかよろしくお願いします。