JOURNAL
過去の出来事を書くコーナーです。


ECMを売っていた DUNというレコード屋(2/14/02更新) 


大阪に住んでいた頃、梅田のパチンコ屋や連れ込み旅館等が集まっている一画に小さなレコード屋があった。なぜが表向きはタバコ屋でおばちゃんが(おばあちゃんに近い)がいつも店番をしていた。その横の扉(横にあけるサッシみたいな扉)を開けて中に入ると、そこはこじんまりしたレコード屋。置いてあるレコードはECM、PM、 Enjaなどその頃の僕がイントゥしていた超レア・マニアック・モノばかり。

友人と入って「おー凄いなー、えーっとバイラークの、、」とか言っていると、おばちゃんが「あーバイラークか?こないだまであったんやけどなー、またすぐ入るわ」とかいいながらまたタバコ屋の方に、、。慣れてくると「アバークロンビーはこれだけ?」と聞くと、おばちゃんは「えー?クロンビー、クロンビー」とかなんとか言いながらまた寄ってきてAの所を見て「こないだまであったんやけどなー、、」

ある日は娘か孫か知れん若い女のコと一緒に店番をしていた事も有るが、親しくなったら色々インタヴューしてみようと思っていたら、4、5回目かなんかに行ったら、もう店は無くなっていた。「あれは一体なんだったんだろう?」悲しかった。あんな貴重な店、、。当時はいつも他のレコード屋に行ってもECM系は数が少ないとこが多いのに、あそこはまさにヘブン(天国)だったのだ。白いレコード用ビニール袋にDUNと書いてあったのが懐かしい、、。

上京したての頃、僕は新宿に程近い幡ヶ谷という所に住んでいたのだが、ある日散歩をしていて、近くに練習スタジオを見つけたのだが、そこもおばちゃんが仕切ってい「ちょっと設備と機材を見せて貰える?」と聞いて一緒に部屋に入ったら「ドラムはパール、シンバルはジルジャン」と言って機材を説明してくれた(彼女の発音が面白かった)。

東京でおばちゃんがやっているスタジオにそれからも何度か遭遇した。恐らく最初息子がやっていて、忙しくなったかなにかで投げてしまい、母親に押し付けたのかも知れない。

彼女が音源を聞いた事有るか否かは定かではないが、あの世代が「スコフィールドか?とかバイラークか?とかいうのはやはり不思議だ。

誰がその後のDUN(ダン)について御存じの方、御一報頂けると幸いです。
     


ドラムソロ・パフォーマンスをやるキッカケになった出来事(1/23/02更新)

  
あれはたしか、22、3歳くらいの時京都でドラム講師をやっていた頃。とにかく練習場所がなく、苦労していた。僕がヤマハの講師になった理由の一つに、ひょっとしてレッスン前に早くスタジオに入れば、生徒が来るまで練習出来るかもしれないというのがあった。

実際は、稼動したての頃はまだ部屋に余裕があったのだが、なかなか、みんなで取り合い状態で、さらにレッスンの量が増えてくると、終わるとクタクタになってしまい、練習どころではなくなってしまう。

ある日、生徒の一人(といっても僕より年上)で、仕事で京都府(恐らく)の方から京都市内に出稼ぎにきている、kさんという人がいて。練習場所の話をしていたら、「先生うちの、実家に遊びに来て、タイコ練習して下さい」と、言ってくれたのだった。

確か3、4日間位お世話になることになり、実家から歩いてすぐの所の離れにお世話になることになった。kさんの実家は農家で確かあの頃僕より2、3歳年上で25歳位だと思ったんだが、結婚していて奥さんがいたと思った(ちょっと記憶が定かでないが、、)とてもがっちりした体格の人で、顔に強さと優しさが滲み出ている、黙っていても実直で暖かい感じのする人だった。

その離れは、kさんがドラムを練習したり、好きな音楽を大音量で聞いたりする部屋で
純日本家屋系ログハウスで、建てたばかりらしく、木の良い臭いがして落ち着ける空間だった。

昼と夜は食事を家族の方と一緒によばれ、それ以外はずっと練習して、疲れたら外に出て散歩というパターンの繰り返しだったんだが。kさんの親爺さんが大の歌好きらしく、音楽に理解を持っている方で「ああ、もうどんどんやってください」と僕を励ましてくれた。

あの頃そんなに貸しスタジオもなく、フルセットで練習出来る機会は極めて稀だったので、僕は水を得た魚のように、タイコを叩きまくった。バーンとアクセントを入れた後のシーンとした空間がとても気持ちよかった。外の音や、近くの山々の木が風に吹かれる音やら、池の金魚、小鳥達のさえずり、、などが、感じられるのだ。

「あっ。普段実際のセットはこんなに叩けないから、練習課題をやらないと、、」と
思っていると。kさんの親爺さんが昼の休憩時間で「お昼食べませんかー、あ、ちょっと、聞かせてもらおうかなー」といってkさんと一緒に、入って来た。だいたい、人が練習している姿は、他人が見ても全く面白くないだろうし、やってる本人も真剣に同じ事を何度もやっている様を、冷静に見られるのはチト恥ずかしいと思うのだが。

仕事着に頭はタオル鉢巻、あぐらをかいて、ちょこんと座ってこっちが叩きはじめるのを待っている親爺さんの姿がとても愛らしくて、、「なんとか、親爺さんを喜ばさないと、と考えたのだった」僕はとっさに、一人で叩きだした、そこにある楽器だけを使って、この部屋の空間や辺りの空気感ですっかり良い気分になっていた僕は、何か旋律のようなモノをドラムから引き出していた。ひとしきり終わって、最後の音を心を込めて叩いた。
ふと、顔をあげると腕を組んで下を向いていた親爺さんが、なにか言い出した。

「いいなー、いいなー、なんつーか、この音がねー、メロディーっつうんかなー、いいなー、いいなー」、、と。暖かいコメントだった。一緒に食事をkさんの家族としたのだが、本当に喜んでおられた。又明日も昼に聴きに来るとの事。明日も、親爺さんを喜ばせないと、、、その後、僕は用意してきた練習のカリュキラムを再考させられる事となり。ドラムソロで聴衆とコミュニケート出来る、手ごたえを感じたのであった。

良い演奏家は良い聴衆に育てられるのだと思う。親爺さんの腕を組んで聴く姿勢からは、出て来た音、一音一音すべてを吸収しそうな、気迫があった。それも、暖かいエールのオーラも出ていた。そんな事で味をしめた僕はその後もドラムのソロ演奏を隙あらば行って来たのだ。

案外そんなところから始まるもんだ。真剣に自己表現したいなんて思っていても前に進まない。必要に迫られてとっさに出てきた事が自分の芸になるってことかな。

ところで、あの体がまるで熊の様に大きいけど優しい目をしたkさん、また合宿させてほしいな〜。また会いたいな〜、kさん一家は今、どこでどうしているのかなー?

copyright(c)2001 Valse Hot Music. All Rights Reserved.