50. ジャズはアドリブなのか? 〜お経ジャズのメリットとディメリット

ジャズ、と言えば、もちろん大前提としてアドリブ、ということになっていますが、いろいろと突き詰めてゆくとほとんどの物事って深くって、たとえば、蝶と蛾の違いにしても、羽を開いてとまるか、とか、夜行性か昼行性か、とか、美しいか、とかの線引きではいずれも例外が出てきて、深〜いものになるらしいように、ジャズがアドリブなのか、というのも、やればやるほどわからない面も出てきます。

僕が以前に勤めていたジャズスクールでは、朝から晩までアンサンブルクラスの音が個人レッスンのブースにも漏れ聴こえてきていました。だいたいのアンサンブルはかなり上手い感じだった印象ですが、それが、どのアンサンブルなのか全くわからないぐらいに判で押したように似ていることが気になりました。「Charlie Parker Omnibook」という譜面集などがあるように、ジャズのアドリブ集の譜面というのがたくさん出ているので、それをきちんと演奏している状態のようでした。
それはジャズの習得における結構早い時点でのぱっと聴きの完成度と充実感が得られる方式なのですが、逆にもしかしたらそこから抜け出すのも大変になる可能性も秘めている習得方だなあ、と思っていました。松井はこれを、
「お経ジャズ」
と呼んでいます。ある意味、まる暗記したお経を唱える方式だからです。
さて、お経ジャズ方式の場合でも、ジャズのジャズらしいフレージングをお経から掴み取って、だんだん崩して自分のものにして、いつでも調性感を反映したフレーズを卒なく繋いでいけるようになったらそれは最終的にアドリブに達するでしょう。

その後独立して、ニュージッククリニックJJを立ち上げて、自分のスクールで教え始めた時には、それと真逆の方式を始めてみました。

「お経」を使わずに、最初から各コードのスケールを割り出す方法を習得してもらって、特性音を割り出して、あらゆるハーモニーに対処する方法です。これはある意味ストイックな方法と言われる傾向があるかもしれないし、最初の何年もの間結構下手に聴こえるというディメリットがありますが、そもそもジャズなんて、最初の何年かなんて聴けたもんじゃないということがわかっていればそれはなんともないと思うのです。まあ、ある意味、どっちの登山口から登るかの違いとも言えますが、こちらは明らかに男坂に相当すると思われます。
しかし、どちらの方法でやっていても、コルトレーンチェンジや、それ以降のマルチモーダルなど、調性の変化の頻度が高いものに対峙した時には、難易度に比例して、それをほぼ書き譜に近い状態まで追い込まないと、流暢に聴こえる繋がりのよいフレーズを作れないことを痛感させられるところにくるでしょう。そういうことに悩んでいる時間が自分の人生の大半を占めていますが、そんな時に、
「ジャズのソロってやっぱり書き譜にはかなわないよね」
という人がいても、、、、、
「う、、、う〜む」と、悔しいながら押し黙ってしまいます。
ただ、程度問題ではあるでしょう。ある程度の常識範囲(?)の難易度の進行までに関しては、(そうでないものばかり創るからいけないんだ、と言われそうですが)
「ジャズはアドリブだ!」